2011年2月12日土曜日

煙草屋

Pessoaの日本語訳は偶然どちらも「煙草屋」という題になっている。最初から「なんだか違うな〜」と思うのでした。第一連からすごくかっこいいのに……。
どういうのかというと。

「ぼくはなにものでもない。
これからもかわることはないだろう。
なにものかであろうとする意欲も湧かぬ。
それはそれとして ぼくのなかにはある この世界の夢のすべてが。」
(池上岑夫訳)

「おれは何者でもない
けっして何者にもならないだろう
何者でもないことを欲することはできない
それを別にすれば おれのなかに世界のすべての夢がある」
(澤田直訳)

というのです。
ちなみにぼくの親しんでいるフランス語訳はこんなのです。

Je ne suis rien.
Jamais je ne serai rien.
Je ne puis vouloir être rien.
Cela dit, je porte en moi tous les rêves du monde.
(Armand Guibert訳)

Je ne suis rien.
Je ne serai jamais rien.
Je ne peux vouloir être rien.
A part ça, j'ai en moi tous les rêves du monde.
(Patrick Quillier訳)

上がガリマールのポエジー叢書、下がプレイヤード版です。
ちなみにインターネットで見ると原文が手に入りました。

Não sou nada.
Nunca serei nada.
Não posso querer ser nada.
À parte isso, tenho em mim todos os sonhos do mundo.

こうして見ると、やはりプレイアード版の方が原文に寄り添っている感じですな。

拙訳を試してみましょう。

「ぼくはダメだ。
何にもなれやしない。
なろうという気も起こらない。
でも、世界中の夢は持っているのさ」
最後の行は
「そんなことはどうでもいい、世界中の夢を持っているのだから」
ともできるかな?