2010年10月29日金曜日

中東欧音楽

伊東さんの『中東欧音楽の回路』読了。読後不満感残ったが、それは著者その人が最初から意図したものだったらしい。いわく「ここには結論がない」。いわば経過報告なのでしょう。

2010年10月26日火曜日

シューマンと宗教

シューマンはいつも黒ずくめの服を来ていたので(まるで大里さんだ!)、しばしば聖職者と間違われたそうだ。デュッセルドルフで彼は「カトリック圏のプロテスタント」という状態だったらしい。しかし、そこで《ミサ曲》と《レクイエム》を書いている。これはなにか?そしてまた、ドレスデンにいたシュレーバーの妄想の中には、しばしばカトリック関係のものが登場する。しかし、彼自身はプロテスタントで、これは「カトリックの陰謀」のような形の妄想だ。この辺りはなかなか日本にいてはよくわからない。しかし、要考究である。さらに考えてみると、ライプツィヒだって、たとえばバッハは《ロ短調ミサ》を書いているぞ。うーむ……。小林義武先生の『バッハ復活』を読み直さねば……、と思ったら、この本はパリだかモンペリエだかのどこかで行方不明になっているのだった。困ったもんだ……。

2010年10月24日日曜日

Guillot 先生からの手紙

Pierre Guillot 先生からの返信が届いた。Nouvelle Revue d'Esthétique に載った論文と共に近況を知らせたのだったが、セヴラック歌曲を録音したことを書いたら、「Après Gabriel Bacquier, François LeRoux, votre version, je n'en doute pas, sera la référence.」と書いてくれたのが嬉しかった。そして、最後に「Vos nouvelles me font toujours plaisir. Alors, si vous avez le temps, n'en soyez pas avare.」というのも。(しかし、論文そのものには、多少懐疑的ではあったようだ。つまりは、音楽では「言語的に」 ― 彼の言うのは、「音楽言語」的にという意味だが ― 狂的であったのは、モンテヴェルディに始まる、いわゆる「大音楽家」たち全員である、という意見である。)

2010年10月21日木曜日

シューマンの日記

昨日、シューマン夫妻の日記読了 (Robert et Clara Schumann, Journal intime, Buchet/Chatel, Paris, 2009)。フランス語訳で、かなり編集されている。しかし、手軽に、この原文では膨大な資料を知ることができる。日本語でこのようなものがないのは何故?(しかし、フランス語の「livre de raison」というのは、ドイツ語では何なのだろう?)