2010年12月30日木曜日

釋迢空

富岡多恵子『釋迢空ノート』を読む。迢空の執心の強さに感嘆。自分に真面目な人だったと感じる。迢空詩の美しさもなつかしい。そしてまた、大阪をよく知らなければならないとも思う。そして、当麻寺も。高校の修学旅行で高野・柴田・某(おお名前を忘れてしまった!)と京都市内の宿から近鉄線に乗ってひたすら南下し、日暮れてその行を果たさなかったのを思い出す。今の勤め先は京田辺(新田辺)なのだが、時々その時のことを考え、ここを通ったはずだと思い、何の巡り合わせかここに自分はいるのだろうと思う。

2010年12月27日月曜日

読売新聞

ところで、昨日26日(日)の『読売新聞』紙上、片山杜秀さんが「今年の3冊」のうちの一冊として拙著『狂気の西洋音楽史』を挙げてくれたそうです。ありがたいことだ!そしてまた、他の一冊が大里さんの『マイナー音楽のために』であって、彼の著書と並んで評価されるのは誠に光栄である。そこには、80年代フランス思想の影響うんぬんということがあったらしいが、確かに!ぼくたちは二人とも、その思想圏のまっただ中にいたダニエル・シャルルの弟子なのである。

2010年12月21日火曜日

Alberto Caeiro

Alberto Caeiro は詩人でない詩人であり、「群れの番人」なのだけれども、群れの番などしていないのだ。あらゆる形而上学の否定である。プレイアード版の解説を読んでいたら、彼をジョン・ケージと比較していていて「先に言われた!」と思いました。(Caeiro は、Pessoa の hétéronyme の一人。これをどう訳すのかな。今辞書を見たら「異根同類語」という訳語があった。何のこっちゃ?異名同人?かな?いや、単なる異名人物?)

2010年12月13日月曜日

サン=サーンス/フォーレ

サン=サーンス/フォーレ『往復書簡集』読了。何と表面的な付き合いだろう。というよりも、これで足りていた両者の厚い友情ということか。

2010年12月12日日曜日

比嘉康雄

比嘉康雄の写真についての番組。沖縄の祖霊神信仰。姜尚中氏がよいことを言っていた。沖縄はローカルだと思われているが、その底には(記憶の底)全ての人類に共通のものがある。民族とかローカルなものは、人類共通の普遍的なものの一片の現れに過ぎない。音楽もそうだ。先日、大学案内のゼミ紹介のインタビューを受けて、音楽とは我々の人生そのものだ、みたいなことを言ったら、インタビューをしていた女の人は首を傾げていたが……。ダニエル・シャルルも全く同意見だったのを思い出す。音楽はそれぞれに民族的だったり、ローカルだったりするが、実はその「記憶の底」では普遍的だ。逆も言える。その底では共通のものが、その現れではかくも多種多様でお互いに理解不能にまで至る。ぼくがプラトニズムに魅かれるのは、そこにこのような音楽のアナロジーを見るからだろう。そして、そのことはヘーゲルの「精神」もショーペンハウアーの「意志」も同じである。ぼくの『音楽的時間の変容』で言及した "Le musical" もまさしくそれだ。そして、この考えは大里俊晴さんの考えから影響を受けている。(彼のグールド論。)

2010年12月10日金曜日

共感覚

木村敏氏は著書の中で LSD 服用の際の「共感覚 synesthésie」の話を書いていたが、そのような薬物によらないでも日常的にそのような感覚を持っていることにも触れていた。有名なのは、音と色彩が結びついたメシアンの例だろう。しかし、二つ以上の複数の感覚が結びついていることもあり得るだろう。そしてそこに「記憶」が結びついていることもありそうだ。すると「記憶」ももう一つの「感覚」なのだろうか。しかし、翻って考えてみるに、我々の日常の経験がすでに、常に全ての感覚を動員して構成されているということがある。一つの感覚だけをわざわざ取り出す方が特殊である。それらを結び付けるのが「記憶」なのか?プルーストの例をよく考えてみよう。
そんなことを考えたのも、ふと昔にフランス語の単語を覚えていた時の感覚を思い出したからだ。その時の視覚・触覚などなど、総合的な経験。またこれは、プルースト的な「無意思的記憶」ではない。意思の力で呼び起こすことが可能だ。
また、それと同時に、今ここにいてまるで「異邦人」であるかのような感覚を呼び起こすこともできる。これは心理的に過酷な状況においては、それをやり過ごすに適した方法である。私は今ここで展開されている現実には直接には「関係」がない。

サン=サーンス

ミヒャエル・シュテーゲマン『サン=サーンス』(西原稔訳、音楽之友社)の中に、やはりサン=サーンスのユダヤ出自の問題があったことが語られている。生前から、反対派によってそのようなデマが流されていたと言う。著者自身はそれを否定しているようだが。どうなのか。

2010年12月9日木曜日

グリム兄弟

橋本孝『グリム兄弟とその時代』読了。「その時代」の方にもっと詳しい分析などがあると面白かっただろう。そしてなんとまあ誤字脱字の多いこと。これは、著者の責任か(日本語もおかしいところがある)、編集者の責任か、両方か。出版社の名前が「パロル舎」だけあって、話し言葉がメインですか(苦笑)。

2010年12月8日水曜日

中沢新一氏

中沢新一氏からお礼メール。彼には『狂気の西洋音楽史』と同時に『思想』の抜き刷りも送っていた。「あとがき」のぼくの彼への「謝辞」に恐縮しておられた。大変にこの著作を評価していただいて、こちらこそ恐縮である。

2010年12月7日火曜日

ギヨー先生から

Guillot 先生から、彼のセヴラックに関する著書が出版されたという手紙(アルマッタン社の広告のコピー)が来た。それには付箋で「En attendant votre livre. Bien à vous. G」とあった。

精神医学から臨床哲学へ

木村敏『精神医学から臨床哲学へ』読了。奥さんが同女の音楽出身だということを初めて知った。彼の感覚と非常に近いものを自分も持っていることを改めて感じた。詳しくは後ほど。

eRikm

寒梅館でエリックMを聴いた=見た。彼の短編映画集である。単なるポップス系のDJのようなもの(ターンテーブル演奏家?)かと思っていたら、大間違い。第一級の映像作家であり、musique électro-acoustique 作曲家である。まず、何の音楽的専門教育も受けていないということに驚き、そのコンセプトの興味深さ(「記憶」を重層化させる)にもう一度驚く。

2010年12月6日月曜日

周平さん

細川周平さんから手紙(!)。『狂気の西洋音楽史』と『思想』抜き刷りを送った礼状である。いろいろと書いてくれて、ありがたいことだ。しかし、極度の筆無精のぼく(妻にいつもあきれられている ― 彼女はものすごく筆まめなのである)にとっては、「手紙を書くということ」に感心するし、そのように「手紙を受け取ったこと」に大感激である。

〈悪しき〉文化

足立信彦『〈悪しき〉文化について』読了。異文化理解ということについて、非常に明快に問題点を整理してくれている。非常に勉強になった。「文化相対主義」の危険、「普遍主義」の傲慢。その間でどのような解決策を見出したらよいのか。ヘルダーがそのような思想の持ち主であったとは知らなかった。
また二つばかり、それに関連して。
まず第一は、ぼくが大学生の頃に或る演奏会でピアノを弾いた時、その曲は確かフォーレの作品であったと思うが、それを Estrellita Wasserman が聴きに来てくれていた。演奏会後に彼女(フランス人)にぼく(日本人)の演奏(フランスの作品の)がどうだったのかと尋ねた。当時のぼくはナイーブだったので、「フランスの作品を日本風に演奏している」などというような感想を期待したのだったが、彼女の答えは「素晴らしかった」というだけであった。その時に感じた失望感を未だに覚えている。またその時に考えたのは、彼女は音楽の専門家ではないので、違いがよくわからないのではないか、ということだった。つまり、「音楽」という「言語」について考えたわけだ。
もう一つは、パリの東洋語学校 Langues'O (INALCO)で教えていた頃、当時の日本語セクションの長であった François Macé と話していて、ぼくが木村敏のこと(「もの」と「こと」の話など)を誉めていたら、彼が言った言葉。「しかし、日本語にはこれこれの表現があり、西洋語にはないから、日本人はかくかくしかじかである、という言い方は多少問題がある。〜人というものを、それほど簡単に前提にする議論は科学的ではない。」(表現は違ったかもしれない。)なるほどと思ったのだった(それ以外で彼に感心することがそれほどなかっただけに、これは印象に残っている)。

2010年12月3日金曜日

哲学への権利

立命館の亀井君から、映画『哲学への権利』上映に伴う討論会の参加者としての依頼が来た。デリダの Collège international de philosophie についてのドキュメンタリー映画である。日本人の監督が撮った映画であるという。ぼくは直接には余りコレージュと関係はなかったが(間接的に二回、フィリップ・ニスを介して、またエリック・マルティを介して)、そんなのでよければ(そしてまた少なくとも何年間かのフランス大学教員としての経験と)ということで、お引き受けした。

セヴラック歌曲

セヴラック歌曲第1編集CDがコジマから送られてきた。今ゆみさんは東京にいて、そのまま第2編集をコジマで行うので、それまでに聴いて問題点を指摘しておかねばならない。

2010年12月2日木曜日

悪しき文化

足立信彦『〈悪しき〉文化について』を読み始める。面白くて、つい電車を乗り過ごすところだった!

打つ身体

シューマンというと必ずバルトの「打つ身体」の語を持ち出す者がいるが、大体間違っている。例えば、それは弦楽器のトレモロではない。これを理解するにはもう一つのバルトの言葉「シューマンの最上の弾き手は「私」だ」を理解しなければならない。

2010年12月1日水曜日

シュタイナー

小杉英了『シュタイナー入門』読了。神智学と人智学などの関係など、よくわかった。心霊術やオカルトとの関係も。しかし、「西の結社」の「陰謀」というのは何なのだろう?そして、どうしてこれほどシュタイナーの「人種差別」のことにこだわるのだろう?よけいに気になりますね。シュレーバー協会とは何か関連があるのだろうか?そして、その他の様々なスピリチュアリスムとの関係は?勤め先の大学の側に、シュタイナー学校があるのだが、どうしてこれほどシュタイナー教育というのが日本で広まっているのだろうか?単に「思想が素晴らしいから」では答えにならないだろう。

2010年11月29日月曜日

精神医学から

木村敏氏から『精神医学から臨床哲学へ』が送られてくる。彼には『狂気の西洋音楽史』を送り、丁寧なメールを頂いていたのだった。実にありがたいことである。

2010年11月28日日曜日

ヴァーグナー

吉田寛『ヴァーグナーの「ドイツ」』読了。ヴァーグナーの伝記と当時の「ドイツ」事情が一挙にわかってしまう、よく出来た書物である。各章の分量がアンバランスだったり、「超政治」というのがよくわからなかったりするけれども、総じて明快によく書けている、と思う。『思想』論文もそうだが、吉田氏にはドイツ圏の音楽哲学について今後とも頑張ってもらいたい(というのは、ぼくがドイツ語が苦手だという、わがままからですけれど……)(汗)。

2010年11月25日木曜日

『思想』

『思想』12月号が送られて来た。「シューマン生誕200年」!なかなかよい。自分の論文は『思想』には相応しくないんじゃないか、と危惧していたが、そんなに悪くないのでは?いや、むしろ結構いいとか?いずれにせよ、巻頭論文として置いていただいたのは誠に光栄である。

2010年11月24日水曜日

Brunhild

Luc Ferrari の奥さんの Brunhild からメールで返事が来た。ぼくのフランス語版「狂気の西洋音楽史序説」を送っておいたのだった。彼女はフェラーリの残した録音の整理をしたり、それを基に自分の「演奏」(デッキの)をしたりしている。最近は、アンサンブル・ゴルというのと演奏をしたらしい。ちなみにネットで調べたら、こうあった。

GOL
L’ensemble GOL est formé en 1988 à Paris, par Jean-Marcel Busson, Frederic Rebotier, Ravi Shardja et Samon Takahashi. Après de nombreux concerts et un album vinyl paru en 1993 (Gol 01), le groupe fait une pause de presque 10 ans. En 2002, le groupe se reforme pour d’occasionnelles sessions d’enregistrement et quelques apparitions sur scène. GOL joue plus ou moins de la flûte, des trompes, de la guitare, du violon, des jouets, des instruments fabriqués, des bandes, des platines, de la voix, diverses percussions, et de l’électronique. La musique, orientée acoustique mais hautement électrique, est entièrement improvisée et émane le parfum de la violente immobilité de la campagne au milieu de l’été. » (inhttp://www.myspace.com/corporatemambo)

2010年11月21日日曜日

バッハ復活

小林義武『バッハ復活』再読了。前に持っていたのはエディタースクール版の初版であった。小林先生は、『バッハ復活』が春秋社によって「復活」したと書いている(ちょっと笑)が、その著者紹介は「復活」しそこなって、「オーストラリア政府奨学生としてウィーン大学に留学」(苦笑)とある。デーメルにコアラが出てきそうである。

2010年11月16日火曜日

Allain Gaussin

ゴーサン氏から彼の詩集(Allain Gaussin, L'attente... L'absolu, Die erwartung... Das unbeschränkte, Editions d'Ecarts, 2009)が送られて来たのだが、まだちゃんと返事をしていない。この翻訳を柴田君にして貰って、来年の日本公演に使おうという計画なのである。

Pessoa

Fernando Pessoa のプレイアード版があるのを知って、早速手に入れた(Pessoa, Oeuvres poétiques, Gallimard, 2001)。少しずつ楽しみながら読んでいる。

講演

西川君から村上君経由で講演依頼。彼は今、京都でショパン生誕200年記念行事の責任者をしている。タイトルを急いで付けてくれというので、「大砲と花束」というものにした。わかる人にはわかりますね。

2010年11月15日月曜日

ソシュール

互盛央『ソシュール』読了。余りに膨大なので、もう一度序文(これもかなり長大な)を読み直す必要があるかも、と思ったりしている。一大長編映画を見たような気分。ソシュールの人と思想、歴史的・地理的(?)コンテクスト、これらの緊密な関係が鮮やかに解明されている。文句なく素晴らしい。しかし、これほど「素晴らしくて」よいのか、という思いも多少する(これは「文句」か?)。

魔女とカルトの

浜本隆志『魔女とカルトのドイツ史』読了。異端審問、魔女狩りとナチスの連続性。しかし、それが「ドイツ的」特性由来という風土論になってしまうと、なんだかな〜という感じもあり。

2010年11月13日土曜日

ドレフュス事件

『ドレフュス事件のなかの科学』読了。セヴラックもダンディも関係がある話である。特にダンディは、強烈な反ドレフュス派だったから、いろいろと考えることが可能だろう。また、中に19世紀の心理学が実証科学的な性格を追求して行く話があったが、以前に査読をした論文の中に、フランス音楽学が科学性を持つようになったのは実験心理学の手助けがあったからだ、という論旨があったのを思い出した。それによって考えてみると、どうも「音楽学が実験心理学を利用した」のではなくて、その逆に「実験心理学が音楽的なデータも扱ってみた」というのが真実のように思える。

2010年11月10日水曜日

サン=サーンス

菅野賢治『ドレフュス事件のなかの科学』によれば、エドゥアール・トゥールーズというサン=タンヌ精神病院医師が、さまざまな知的卓越者の「身体測定」を企てた中に、サン=サーンスもその候補者となっていたらしい。最終的にはエミール・ゾラとアンリ・ポワンカレだけが、実際にその対象となったにとどまったという。筆相学に始まり、頭蓋測定など「身体測定」によって、その人間の性質もわかるという思想が、最終的に「科学的」反ユダヤ主義のさまざまな要素の一つとなることをこの書は解明して行くのだが、なぜサン=サーンスなのか?もちろん、神童としてそのキャリアを始め、詩人でもあり、天文学、数学、絵画などにも秀でた、卓越した作曲家・オルガニスト・ピアニストであるから、当然なのだろうが。しかし……。ぼくは、彼の墓を見に行ったのだが、そこには「ユダヤの星」があったのを見たのだ。しかし、彼がユダヤ系だということは、どこにも見当たらない。要確認である。

2010年11月9日火曜日

裁かるるジャンヌ

同大寒梅館で、鈴木治行さん伴奏の『裁かるるジャンヌ』を見る。きちんとした伴奏音楽だったので気持ちよく聞けた。(ときおり「意図的な」ずれもあり、それも面白かった。)しかし、アントナン・アルトーのかっこいいこと!(若い!!)そして、どこかにミシェル・シモンがいたはずなのだが、わからなかった。出口で、鈴木さんのCD『語りもの』を買う。

2010年11月7日日曜日

世界史とヨーロッパ

岡崎勝世『世界史とヨーロッパ』読了。歴史学の歴史的な変遷がよく理解できる。「普遍史」という言い方はしかし、それこそ「普遍的」なのだろうか?

2010年11月2日火曜日

音楽のヨーロッパ史

上尾信也『音楽のヨーロッパ史』を読む。もっと近代のことが書いてあるかと思ったら、戦争の話(それもなんだか錯綜して)だけであった。もっともっといろいろなことがあるのに……。

心霊術

シューマンやイェリー・ダラーニの心霊術との関係は、思想史・社会史的な文脈で、例えば、シューマンの場合は1848年革命の挫折、ダラーニの場合はナチス政権の支配や世界大戦の危機などへの、一種の精神的応答(?)という説明も十分に可能だ。いわゆる「こっくりさん」が、南北戦争の危機の時期にアメリカで大流行した(それが、黒船に乗って日本にも渡って来た)というのも、全く同じ説明ができる。しかし……。

2010年10月29日金曜日

中東欧音楽

伊東さんの『中東欧音楽の回路』読了。読後不満感残ったが、それは著者その人が最初から意図したものだったらしい。いわく「ここには結論がない」。いわば経過報告なのでしょう。

2010年10月26日火曜日

シューマンと宗教

シューマンはいつも黒ずくめの服を来ていたので(まるで大里さんだ!)、しばしば聖職者と間違われたそうだ。デュッセルドルフで彼は「カトリック圏のプロテスタント」という状態だったらしい。しかし、そこで《ミサ曲》と《レクイエム》を書いている。これはなにか?そしてまた、ドレスデンにいたシュレーバーの妄想の中には、しばしばカトリック関係のものが登場する。しかし、彼自身はプロテスタントで、これは「カトリックの陰謀」のような形の妄想だ。この辺りはなかなか日本にいてはよくわからない。しかし、要考究である。さらに考えてみると、ライプツィヒだって、たとえばバッハは《ロ短調ミサ》を書いているぞ。うーむ……。小林義武先生の『バッハ復活』を読み直さねば……、と思ったら、この本はパリだかモンペリエだかのどこかで行方不明になっているのだった。困ったもんだ……。

2010年10月24日日曜日

Guillot 先生からの手紙

Pierre Guillot 先生からの返信が届いた。Nouvelle Revue d'Esthétique に載った論文と共に近況を知らせたのだったが、セヴラック歌曲を録音したことを書いたら、「Après Gabriel Bacquier, François LeRoux, votre version, je n'en doute pas, sera la référence.」と書いてくれたのが嬉しかった。そして、最後に「Vos nouvelles me font toujours plaisir. Alors, si vous avez le temps, n'en soyez pas avare.」というのも。(しかし、論文そのものには、多少懐疑的ではあったようだ。つまりは、音楽では「言語的に」 ― 彼の言うのは、「音楽言語」的にという意味だが ― 狂的であったのは、モンテヴェルディに始まる、いわゆる「大音楽家」たち全員である、という意見である。)

2010年10月21日木曜日

シューマンの日記

昨日、シューマン夫妻の日記読了 (Robert et Clara Schumann, Journal intime, Buchet/Chatel, Paris, 2009)。フランス語訳で、かなり編集されている。しかし、手軽に、この原文では膨大な資料を知ることができる。日本語でこのようなものがないのは何故?(しかし、フランス語の「livre de raison」というのは、ドイツ語では何なのだろう?)

2010年9月26日日曜日

松葉祥一『哲学的なものと政治的なもの』

松葉氏から彼の近著『哲学的なものと政治的なもの ― 開かれた現象学のために』(青土社)が送られて来た。以前に目にしていた雑誌論文なども含まれているが、こうして集められていると一望に見られて便利である。しかし、内容的にはなかなかのハードな書物。

2010年9月22日水曜日

シュレーバーの家

ライプツィヒに行っている小石かつらさんから、ドレスデンのシュレーバーの家の写真が送られて来た!うーむ!

2010年9月12日日曜日

妖怪図鑑

兵庫県立美術館に水木しげる妖怪図鑑を見に行く。開館前からすごい行列だった。これは入口の記念撮影用セット。一反木綿の尻尾が写っています。乗って撮影も可。夜はゴーサン氏と会食。梅田阪急32番街というところのフレンチ、シェ・クリヨン。地上31階だから眺めはすごくいいが、料理がいまいち。彼のオジーヴ・プロジェクトの話。なかなか、フランス政府もお金がなくて大変そうだ。早くて2012年秋の実現ということ。

2010年9月4日土曜日

Eloy et Gaussin

Eloy 氏と親しいイタリア人の音楽学者という人から英語でメールが来て、彼は大怪我をして入院しているので、この九月には京都には来れないとのこと。この音楽学者はドイツに住んでいるらしい。(フランス人と親しいドイツに住んでいるイタリア人から英語で日本人にメールが来ているのである!)そして、Allain Gaussin から携帯に留守電が。9月6日から二週間大阪に来るらしい。いつものようにヨーコ・クボにぎゅうぎゅうにスケジュールを詰め込まれているが、その合間にぜひ会いたいと。

2010年8月31日火曜日

モニック

モニックさん来日。我々のCD録音の artistic director として参加してもらう予定。関空に(そして海老坂邸に)着いたその足で我が家でのゆみさんとの打ち合わせ(兼、リハ)。すごいパワーである!

2010年8月27日金曜日

大倉侍郎『せんをひく』

大倉さんから彼の絵本が送られて来た。大倉侍郎『せんをひく』(福音館書店)。ただ線を引いているだけなのだが、これがとてもよい。子供たちに読み聴かせすると大受けであった。おすすめである。

2010年8月3日火曜日

Mary Stuart

Schumann, Mary Stuart Lieder をロスアンヘレスが歌っているのをゆみさんから頂いた。さっそく帰国後に聴いてみるに、これがすごくいい。フランス語で歌っている。そんなヴァージョンがあるとは知らなかった。ピアノは誰なんだろう?

2010年7月24日土曜日

Alfred Jaëll

Tunbridge の本を再読中。シューマンの《ヴァイオリン・ソナタ》第2番を国外で演奏した人として、ヴュータンとジャエルの名前が挙がっていたのだが、ちょうど査読を頼まれている論文にそのジャエルの奥さんの名前があり、驚く。(出会った順番は逆でしたけれども。)これも、いわゆる「コレスポンダンス」ですかね(フロイトさん?)。

2010年7月11日日曜日

Jean-Claude Eloy

突然、Jean-Claude Eloy からメールあり。9月にひと月京都に家を借りたと言う。会えたら嬉しいと。さかんに大雲寺のことを気にしていた。彼が西鶴をもとに奈良ゆみさんに書いた作品の舞台だと言うのだが。そこに五百羅漢があって、それを背景にしたと。溝口作品にあるというのだが、ぼくは寡聞にして未知。村上君にでも訊いてみよう。

2010年6月30日水曜日

シューマン伝記

藤本氏の伝記を買った話は書いたが(書いたっけ?)、しかしその「散文的な」こと!シューマンを語るのにこれでいいのかっ!?

2010年6月4日金曜日

John Daverio

Daverio についての情報をもう少し得ようと、wiki で調べたところ……!!なんと彼は2003年に49歳で亡くなっていた、それもボストンのチャールズ・リヴァーで不可解な溺死体となって発見されたと言う!一部には、シューマンの世界的権威である研究者が、ライン川に身を投げた作曲家にならったのか、という自殺説まで出たと言う。

シューマン伝記

最新情報を得ようとダヴェリオ(という発音なのか?)の分厚い伝記 John Daverio, Robert Schumann : Herald of a "New Poetic Age", Oxford, Oxford U. P.. 1997 を読んでいる。他の論文などもそうだが、この人はものすごい常識人という感じ。だから、シューマンに惹かれるのか?もう一人のタンブリッジ女史は、いろいろフランス現代思想などかじっている「才女」ポーズの人だね。ちなみにダヴおじさんは、バルト大好きでもある。ちょっとセンチな、フツーの人?

2010年5月29日土曜日

Geistervariationen

シューマンのその変奏曲は《亡霊の変奏曲 Geistervariationen》とも呼ばれる。正式には、《ピアノの為の変奏を伴う主題(主題と変奏) Thema mit variationen für das Pianoforte》WoO 24 である。その Geisterthema は、変ホ長調であり、それはなぜかを考えていたら、「わかった」。

2010年5月27日木曜日

ブラームス

ブラームスも、シューマンが聴いた「シューベルトの亡霊の主題」で変奏曲を書いているらしい。

2010年5月15日土曜日

Heinrich Behr

Tunbridge を読んでいたら、シューマンの晩年の歌曲集 Vier Husarenlieder von Nikolaus Lenau op.117 の(被)献呈者が、ハインリッヒ・ベーア Heinrich Behr であり、シューマンは彼とは1830年代にライプツィヒで知り合ったとあったので、びっくり。ハインリッヒ・ベーアとは、誰あろう、シュレーバーの奥さんの父親である。

2010年5月7日金曜日

シューマン

晩年の作品についての研究 Laura Tunbridge, Schumann's Late Style, Cambridge U. P., 2007を読んでいる。なかなかおもしろい。

2010年4月18日日曜日

セヴラックの生誕年

一時期セヴラックの生誕の年が、1873年であるという間違いが横行していたことがあったらしい。それを決定的に払拭したのがエレーヌ・ブロディの博士論文に引用されている「出生証明書」で、そこにははっきりと1872年と書かれてある。73年説の初出は管見では、ブランシュ・セルヴァによる伝記で、これは彼女がセヴラックへの恋心から、相手の年をそれほど離れていないように「無意識に、わざと」間違えたかも知れないのである。

2010年4月12日月曜日

Vidal de la Blache

岩波文庫では、ブラーシュ『人文地理学原理』となっている。この上下二巻揃いを今はなき芦屋の古本屋で手に入れておいたが、最近読んでいる。「河根」という「Ex Libris」が表紙裏に貼られており、多くの書き込み、線引きが鉛筆で為されている。この前所有者の「河根」さんは、いろいろな所を旅行したらしく、アフリカ「南阿、リチャードベイ附近を飛んだ」とかオーストラリア「パースからバンバリーを車で走り」とか、書き込まれている。どのような人だったのだろうか。