2011年12月30日金曜日
ベートーヴェンの生涯
ロマン・ロラン『ベートーヴェンの生涯』(片山敏彦訳、岩波文庫)読了。ベートーヴェンの作品1からすでに耳が聴こえなかったという指摘。そして《田園交響曲》の「鳥の鳴き声」などの描写は「描写」ではない、なぜなら彼はまったくそれらを聴くことができなかったからだ、という主張は興味深い。ベートーヴェンの『手記』より「静寂と自由とは最大の財宝(1817年)」。しかし考えてみると、この時にはすでにベートーヴェンの耳は聴こえなくなっていたはず。してみるとこの「静寂」とは?
2011年12月29日木曜日
明治の音
内藤高『明治の音』(中公新書)読了。下駄の音と日本家屋の音響浸透性については、すっかり失念していた。よく考えると建築家たちだって、居住空間の音響についてはきっと何か考えているのだろうが、よく知られていない気がする。しかし、これは重要ですぜ、ぼくにとってはほとんど最重要だ(パリのアパルトマンでは常に騒音に悩まされていた)。それと、ラフカディオ・ハーンが、ロンドンで聴いた一少女の「おやすみなさい」の「声」に対して持つ「不可思議な喜びと痛みの交錯した二重のおののき」。「たった一度耳にしただけの声がこれほど魅力的にひびくのは、そこに幾千万の忘れられた人生の記憶が重なり合っているからだ」(138頁)。まさしくそのとおりだ!
2011年12月26日月曜日
波の記譜法
ピエール・マリエタンから来年の「音のエコロジー」国際学会に参加してくれという突然の頼み(東京のホテルで電話を受けたのでした)なので、何かよい材料はないか、と何十年ぶりかで小川博司ほか『波の記譜法』(時事通信社)をざっと読み直す。う〜ん……、確か小沼さんも環境音楽関係の施設が古びている、みたいな話を書いていたようだったけれども、どうも環境音楽関連の言説も今となっては古びて見えてしまう。ぼく自身に興味があって、面白みが多少ともありそうだなと思うのは、日本の「伝統的な」(と言われる)音の環境であったり、音の装置であったり(これは「文学的装置」であるかもしれない)、そういうものの間の関係を確かめること、かな?これにうっすらと関係ありそうなのが田中直子氏の論文だけれども。彼女は今はどのようなことをやっているのだろうか?
2011年12月24日土曜日
Cortès さんから
Cortès さんから詩と写真。
Hem bastit el pessebre en un angle
del menjador, sobre una taula vella,
el pessebre mateix de cada any
amb la mula i el bou i l’Infant
i els tres reis i l’estrella.
Hem obert innombrales camins
tots d’adreça a la cova.
amb correus de vells pelegrins
–tots nosaltres– atents a l’auster caminar de la prova.
I en la nit del misteri hem cantat
les antigues cançons
de la mula i el bou i l’Infant i els tres Reis i l’estrella.
I oferíem la nit amb els ulls i les mans.
I cantàvem molt baix, amb vergonya potser de saber-nos germans
de l’infant i de tots en la nit de la gran meravella.
(Miquel Martí i Pol. Nadala)
Bon Nadal i feliç 2012
2011年12月23日金曜日
2011年12月18日日曜日
授賞式
昨日は水戸芸術館で吉田秀和賞の授賞式。とても素晴らしい式でした。あの、雲の上のひとである!吉田秀和さんに直接にお会いし、お話できて、感激!海老澤敏先生も(御自分の車で!)駆けつけてくださり、ご挨拶してくださった。やはり感激!他のみなさんも友人・知人そのほかのひとたち、わざわざ遠い所をお集まり頂いて感謝感謝です。その後の新ダヴィッド同盟演奏会も素晴らしい熱演でよかった。
2011年12月15日木曜日
20世紀を語る音楽
アレックス・ロス『20世紀を語る音楽』(柿沼敏江訳、みすず書房)読了。アメリカやイギリスのことはよく知らなかったので勉強になった。特にレッドパージのこととか、ブリテンのこと。ジャクリーヌの映画の登場人物たちも多数出演し、理解が深まった。この間読んだ岡田氏の著書を補強できるだろう。ここでもまたフランスのことが弱い気がするけれども、これは単にぼくが(余計なことを?)知っているからだろう。日本のことについては、多分秋山氏や長木氏の著書が補っていると思う(まだちゃんと読んでいない……。ありていに言えば、今のところ、それほど興味がない — 貴志康一関連で多少読んだけれども — これは頼まれ仕事)。広大なパノラマ。そうそう、ゲイ文化についても面白かった(あとがきで、著者の「夫」のことが言及されていて「ふーん」、原語は何でしょうね)。
2011年12月14日水曜日
承前
そうそう、それから書き忘れたが、『プリズムの色』の中でいろいろなミュージシャンたちが演奏しているわけだが、特にポーリン・オリヴェロスとメレディス・モンク(そしてテリー・ライリーも)は特に亡きダニエル・コーへのオマージュとして演奏している。メレディス・モンクについては、そうだろうと思った、というのも、彼女は「最後の息、the last breath」と歌い、途中でそれをフランス語でも「dernier souffle」と歌うのである。また常にジャクリーヌの影が(実際に彼女自身の映像もあるが)感じられ、特にフィリップ・グラスがピアノの演奏を途中でやめて、こちらを向いて語りかけているのは、彼女に話しているのだ。この映画が単なるジャーナリストによるインタビューとかルポルタージュとまったく異なるゆえんである。真の友情の証。
フェラーリ/コー3
昨日は京都今出川同志社寒梅館で映画上映三日目。ぼくは授業があったので、途中のトークから参加。ジャクリーヌ、ブリュンヒルド、ぼくというメンバーでのトークだったが、やはりほとんどジャクリーヌが話していた。トークでは話しきれなかったが、『プリズムの色』でのダニエル・コーの映像は、彼(と彼女)がすでに自らの死期を悟った時に撮ったものだと。そして死後にこのような映画を作るという意図がすでにあったという。他にもいろいろな映像があったのだが、やはり余りにも衰弱した姿は残したくなかったらしい。映画で使われた映像もジャクリーヌによれば、すでに病の影がはっきりと写っている。ダニエルが亡くなる数時間前にジャクリーヌに遺した言葉も感動的だ。「毎日、楽しみなさい」Chaque jour, réjouie-toi... まさしく音楽を愛し、人生を愛した、ダニエル・コーらしい言葉だ。この言葉が彼女のその後のささえにずっとなっていると言う。
2011年12月13日火曜日
フェラーリ/コー二日目
昨日は神戸アートビレッジセンターで『プリズムの色……』。ちょっと前に入り、食料など調達。また直前上映の『グレン・グールド』を見る。伝記的なことは興味なかったが、意外と普通の人で、親近感を覚える。さて、ジャクリーヌ映画。トークは柿沼さんとジャクリーヌ、その間でぼくが通訳という形。昨日よりもたくさん人も集まり、とても盛会。字幕も西原さんの努力で画質を維持しつつ、うまく入っていた。(ただ作った本人から言えば、もっといい訳ができたかも。DVDを作ると言うので、もう少し完成形を作りたい。)観客のみなさんの若さ、熱心さに感心(ジャクリーヌも)。松葉氏や石堂さん、青山さんも来てくれた。(太田さんも学生たちを連れて来てくれていたらしい。)しかし本当に今回は下田さんや小島さん、石上君などのおかげでこのように成功できた。感謝感謝である。村上君はまだまだエスコートの仕事が続く。これもありがたい。上映後、神戸駅近くで皆で食事。下田さん、藤枝さん(お初にお目にかかりました)、柿沼さん、ジャクリーヌ、石上君、小島さん、ブリュンヒルド、村上君、岡本君、家内、わたし、というような超豪華(?)メンバー。
2011年12月12日月曜日
フェラーリ/コー第一日
昨日は大阪のコーポ北加賀屋で、フェラーリ/コー映画上映の第一日目。ホテルにブリュンヒルド&ジャクリーヌを迎えに行き、北加賀屋へ。エレヴェーターに気を取られ、出口を間違える。二人を無駄に歩かせてしまった。会場はほぼ満員で、トークと上映無事に終了。会場からの質問など反応もよく、非常に興味を持って注意深く視/聴きしてくれた、とジャクリーヌ本人もたいへんに喜んでいた。キャロサンプの野田さん(初めてお会いした)は、わざわざこの日だけのために東京から。最終新幹線で帰るという、すごい!大倉さんも小路さんも来てくれた。終了後、フランスのお二人、野田さん、村上君、現場撤収後下田さん、小島さんも合流し、食事。
2011年12月8日木曜日
2011年12月7日水曜日
貴志康一記念室その他
『貴志康一と音楽の近代』の書評を書き終わり、『比較文学』編集部菅原氏にメールで送る。しかし、けっこう批判的な言辞を弄してしまったので、どういう反応があるか、と気になったりして……。(そんなんなら批判しなきゃいいのに、という影の声が。でもしちゃうんだよねえ。)おぼしき事云はぬは、腹ふくるるわざなれば、云々(^_^)
吉田賞その他
17日が吉田秀和賞の授賞式なのだが、30分のスピーチというのをしなければならない。水戸芸術館の人も言っていたのだが、何か特別なものを皆が期待していると言う。この間、宮澤さんにお会いした時も前の受賞者として、やはり何か普通には見られないヴィデオとか聴かれない録音とかを持って行くものだ、などとも言われ、そんなものを持っていないぼくには、どんどんとハードルが高くなって行くのだった。わ〜〜、どうしよう?ピアノを弾こうとは思うのだが、それ以上の何か「これ」といったものがないのであった。いやはや……。ところで、明日の毎日新聞京都版にこの間のインタビュー記事が載るのだそうです。みなさま(京都のみなさま)ぜひ御覧あれ(ってぼく自身はどこで手に入れたらいいんだろう?学校かな?)
2011年12月6日火曜日
貴志康一記念室その他
昨日は、朝に甲南中学・高校の中にある貴志康一記念室に行って、《交響曲「仏陀」》のスコアを調査、記念室刊の楽譜を購入。石川保則先生、内野順子さんがていねいに対応してくださった。その後、午後は元町で恒例のスペイン語。その後すぐに、北加賀屋へ行って映画上映打ち合わせ、下田さん・小島さん・村上君。なかなかコーポは寒い。また地下鉄駅からの道順をどう指示するかで頭をひねる。その後、下田さん・村上君と梅田に出て、一杯。
2011年12月3日土曜日
マイナー音楽を語る
ゆうべは京都河原町三条の Media Shop というところであった、宮岡秀行・細川周平・渡邊未帆「マイナー音学を語る」に行って来た。大里俊晴について語るというもの。未公開映像ということで1989年に大里さんがパリのスウェーデン館でやった即興演奏のヴィデオ。これはぼくが大学助手に就職してパリを離れてからの映像だと思われ、毎年確か秋か冬にスウェーデン館に住む音楽の学生が「発表会」みたいなのをやったものの一部でしょう。トランペットの映像も他にあるというので、まだマンソン君はパリに残っていたと見える。彼の叔父さん関係で大里さんがフルクサスになった話は彼の本の中にありますね。いろいろな話がある中、大里さんのフェティッシュな面、フェイクな面が強調されたきらいがあるが(もちろん彼が誰にも愛されたというのも含めて)、ぼくとしては彼がものすごく「真面目な」人だったことも語りたかった。学問的に「王道」を行こうとした人だったと。聴衆の中に鈴木創士さん、寺井昌輝さん、鈴木昭男さんもおられました。うち鈴木さんお二人は初めてお目にかかった。(行く道すがら河原町の古本屋で、Rencontres internationales de Genève というのの報告書 La vie et le temps - Les générations dans le monde actuel, La Baconnière, Neuchâtel, 1962 というものを手に入れる。書いているのは、Paul Chauchatd, Jean Piaget, Michel Ralea, Claude Autant-Lara, Louis Armand。800円!)
2011年12月2日金曜日
グレインジャー
昨日は、京都文化博物館で「没後50年記念グレインジャー音楽祭2011」を見た/聴いた。授業があったので前半のドキュメンタリー映画『高貴なる野蛮』は途中からしか見られなかったが、実際のグレインジャーの映像や音(楽)に接することができたのは貴重な体験だった。後半のペネロピ・スウェイツ女史の演奏も素晴らしかった。《シェパーズ・ヘイ》、11歳の時の作品《前奏曲》二曲(すごい!)、《楽しい鐘の音》(バッハの編曲、これも面白かった)、《ストラススペイとリール》、《美しく新鮮な花》、《デリー州の調べ》(ロンドンデリー)、《スプーン・リヴァー》、《?》、《到着ホームの鼻歌》、《婚礼のララバイ》、《ユトランド民謡メドレー》、《植民地の歌》、《ストランド街のヘンデル》と盛りだくさんでした。彼からの影響はきっとナイマンやジェフスキーにあるぞ、と思わせた。アングロ=サクソン系ですかね。バルトークやセヴラックとはかなり違う。宮岡さんや上野さん、細川周平夫妻も来ていた。終了後はロイヤルホテルでレセプション。宮澤淳一さんと初めてお会いし、いろいろ話ができてよかった。
2011年12月1日木曜日
季刊『アルテス』
季刊『アルテス』が届いた。「3・11」特集をざっと読む。一番共感できたのは、ピーター・バラカン。ついでその極端なペシミズムを除けば高橋悠治と、その形而上学を除けば三輪眞弘。他の人達はみんなすごく「芸術」を信じているので、びっくりした。翻ってぼく自身にとって音楽とは何かを考えた。やはり、この辛い生をなんとか生きていくための一手段なのではないだろうか。いや生きている以上必ずついてまわるようなものか。これは「芸術」とも言えないと思うし、「癒し」とも違う。
2011年11月30日水曜日
2011年11月29日火曜日
「クラシック音楽」はいつ……
岡田暁生『「クラシック音楽」はいつ終わったのか?」(人文書院)読了。いつも思うのだが、日本語の「クラシック音楽」に対応するフランス語はない。La musique classique と言うと、日本語の「古典派音楽」のことになるだろう。苦し紛れに、場合場合で訳し分ける。例えば、la musique occidentale traditionnelle (西欧伝統音楽)とか、la musique sérieuse européenne (ヨーロッパのシリアスな音楽)とか、la musique savante continentale(大陸の学術的音楽)等々。他にも、機能和声法に基づいた18、9世紀の西洋音楽とか。その辺の曖昧さがクリアされていませんね。またここで論じられているのはドイツのことだけだね。ここにフランスや、イギリスや、イタリアや、アメリカなど(中央・東ヨーロッパ諸国も)の事情を加味すると、もっと論に深みが出るだろう。音楽的ナショナリズムの広汎な広がりを考慮すべきだと思う。
2011年11月25日金曜日
20世紀音楽
宮下誠『20世紀音楽 − クラシックの運命』(光文社新書)読了。なくもがな、の感深し。二つだけ学んだこと、一つはカンディンスキーがスクリャービンを好きだったということ、もう一つはカール・アマデウス・ハルトマンが「忘れられたシンフォニスト」だということ。後者については、何年か前の学会で出ていた売店で、ハルトマンのCDを「間違って」買ってしまったことがあったのだった。「グルジェフ/ハルトマン」のハルトマンと間違ったのだ。カール・アマデウスなので「しまった」と思ったのでした。こんな人知らない、と。その他は、もちろん宮下という人は美術が専門のようなので、専門外の人間がこれだけ書けたということに感心すべきなのか、どうなのか。細かい間違いや思い込みがいっぱいあるし。一番気になったのは「中央ヨーロッパ」の呼び方でフランスやドイツを指すこと。違うよね。だって「西欧」というではありませんか?「ドゥビュッシー」とか「アルプレヒト」とか、やっぱり変だ。(これが「本当の」発音に近い、という主張なんでしょうな。カタカナにした時点でもうそんな議論ほとんど意味ないのに。)だいたい、「聴きやすい」20世紀音楽を紹介する、というスタンスも気になり出したら、気になるね。「聴きやすい」ってなんだ?彼が「聴きやすい」というレーガーなんか、とても5分と耐えられませんが。こんな本さえ出版されるのは、日本の出版事情が、なんやかんや言っても、諸外国に比べてまだましということなんでしょうね。
2011年11月24日木曜日
Hispanic Traditions in Twentieth-Century Catalan Music
Richard Paine, Hispanic Traditions in Twentieth-Century Catalan Music : with Particular Reference to Gerhard, Mompou, and Montsalvatge, Garland Publishing, N.Y. & London, 1989, の前半のスペイン民俗音楽の部分とモンポウを扱った部分、少しトルドラとモンサルバーチェの部分を読んだ。ゲラルドについての部分が後半非常に多いがよく知らないので、パス。しかし、これほど明快なスペイン民俗音楽、特にカタルーニャ音楽の説明を読んだことがない。そして、これによってカタルーニャ音楽とモンポウの音楽の間の密接な関係がようやく納得がいった。これはすごい!名著!なのだが、絶版なんだよねえ……。(ぼくは大学図書館の本を読みました。)
パリ・コミューン
H・ルフェーヴル『パリ・コミューン』(河野健二・柴田朝子・西田長夫訳、岩波文庫)読了。パリ・コミューンがその原動力の一つに「地方主義」、「地域主義」をもっていたことを初めて知った。そしてまた同時に地方に(マルセイユ、トゥールーズ、リヨン、サン=テティエンヌ、ル・クルーゾー、ナルボンヌ)コミューンがあったことも。ドビュッシーの父親はコミューンに参加していたので、地方の問題を身近に感じていたかもしれない。そこからセヴラックへの共感への遠因になったと言えなくもないか。
2011年11月16日水曜日
北海道新聞
北海道新聞読書欄「著者コーナー」の取材。12月初めに出るとのこと。記者の関さんという方は自分もチェロを弾き、室蘭出身(!)の小林義武先生や東大オケのトップだった鮎川という人とも知り合い。これは今村君に訊かずばなるまい。その後は、山のようにある教育実習生の教育実習簿を見て、これからは教授会です、いやはや……。(おお、紀要投稿論文査読結果を書くのを忘れた!)
打楽器アンサンブルコンサート
同志社女子大学音楽学科打楽器専攻生による「第22回打楽器アンサンブルコンサート」(京都府民ホール・アルティ)に行って来た。曲はPowell, the Gilded Cage、西原大樹《ジムナスティック・ゲーム》、Reich, Drumming、Cage, Third Construction、Zimmer, Fragile、武満徹《四季》。一曲目には間に合わなかった。西原作品は曲の作りが全く伝統的・和声的(リズムも)なので、音程が曖昧な打楽器で演奏する意味がよくわからない。ライヒとケージはみなよく頑張った。ドラミングの第二部だけだったけれども、よく練習してあって(もう少しずれが聞き取れればよかったが)、ライヒ本人に見せて(聴かせて)やりたいくらい。ツィンマーはきれいな曲。低音の響きがよかった。武満は視覚だね、面白い。特に大阪万国博で初演をした山口恭範先生のコメントがあったので余計興味が増した。アンコールの《ボレロ》は圧巻でした。やはり打楽器科のレヴェルはなかなかですな。
2011年11月14日月曜日
スコラ2
録画しておいた2週間前のNHK-Eテレ『スコラ』を見た。印象派の二回目。《牧神の午後への前奏曲》と《海》の中の増四度に注目するところなど、ぼくも授業で全く同じことをやっていて、目の付けどころが一緒だなと思いました。「水のテーマ系」というのも。しかし、ピアノ二台版の《海》は知りませんでした。いいですねえ。ぼくは授業ではピアノ一台版の楽譜を使います。表紙が初版と同じだし、やはり構造がよくわかる。実際の水を使ったワークショップでは、アフリカのウォータードラムとかマルセイユの電子音楽作曲家ルドルフィのプール内での作品なども参考として挙げられるのでは、と。
2011年11月13日日曜日
ゆみさんのシューマン
昨日は、大阪南森町のモーツァルト・サロンで奈良ゆみさんのフォーレ《イヴの歌》とシューマン《エリザベート・クルマンの歌》、《メアリー・スチュアートの歌》他を聴いた。伴奏は谷口敦子さん。どちらも作曲家晩年の実に「渋い」作品である。前半フォーレ、後半シューマンだったのだが、やはりこの二人の作曲家を同時に歌うのは難しい。特にピアノは全く違うので、極端なことを言えば、それぞれの作曲家に違うピアニスト(いやピアノそのものさえ)を使った方がいいと思われたくらいだった。しかしゆみさんのフォーレはいつもどおり、としても、なかなかそのシューマンのドイツ語が子音のはっきりした動きで魅力を出していた。
2011年11月10日木曜日
A Study of Catalan Composer Federico Mompou's Música Callada
Ann Zalkind, A Study of Catalan Composer Federico Mompou's (1893-1987) Música Callada, The Edwin Mellen Press, 2002 を読む。前半はモンポウに影響を与えた作曲家として、Scarlatti、Soler、Schumann、Chopin、Liszt、Albeniz、Granados、Falla、Satie、Debussy、Les Six が挙げられ、それぞれのある作品とモンポウのある作品の似ている点が論じられる。しかしこれが単なる判じ物というか当て物というか、何となく似ている程度なので、おやおや感。その上なぜ似ているかの論が全くない。ブラームスも言っていましたよね。「単に似ているだけだったら、驢馬だってわかる」って。そして後半は Música Callada 各曲の分析めいた記述。これって楽譜が読めれば、それでおしまいじゃない?これでニューヨーク市立大学の博士号を取ったんだったら、大したことないね。参考文献もほとんど英語のものだけで済ませている。なんじゃこりゃ?
2011年11月4日金曜日
貴志康一と音楽の近代
梶野絵奈他編『貴志康一と音楽の近代』(青弓社)読了。前のブログにも書いたが隔靴掻痒。これは何かと考えたのだが、多分筆者たち(これは論文集)がみんな貴志康一に「冷たい」からだろう。外側から客観的な基準となる物差しをもってきて、いろいろな点(ヴァイオリンとか作曲とか、随想とか歌曲とか映画とか、果ては「天才」性まで)について、彼を「身体測定」しているのだ。まあこの手つきも科学的「音楽学」的には必要なのかも知れないが、どうもこの特異な音楽家を描き出すのには足りないようだ。また、彼の作品についての分析が極端に少ないのも気になる所。作曲家であるなら、その作品に語らせて欲しい。要は貴志の何を描きたいのかというところだね。
2011年11月3日木曜日
貴志康一
書評を頼まれて『貴志康一と音楽の近代』を読んでいる。全体にそつなくまとまっているが、何だか隔靴掻痒感が残るのはなぜ?ゴチェフスキ論文は、日本近代音楽にメロディとハーモニーの齟齬があるので、この二要素の「同一化」(アイデンティファイ)ができていないのが、日本音楽の「自己同一性」(アイデンティティ)の問題点だ、となっている。本当か?そんな「簡単な」ことか?
2011年10月31日月曜日
Yumi Nara chante Séverac
ゆみさんの歌ったセヴラックCDについてのフランスの新聞記事をピエール・ギヨー先生が送ってくださいました。ありがたや……。
Voici l'article français relatant les activités de Yumi Nara, surtout concernant notre CD Séverac, envoyé obligeamment par le Professeur Pierre Guillot.
Voici l'article français relatant les activités de Yumi Nara, surtout concernant notre CD Séverac, envoyé obligeamment par le Professeur Pierre Guillot.
2011年10月30日日曜日
スコラ
NHK-Eテレの坂本龍一『スコラ』(毎週土曜夜11時から)を見た。昨日は印象派第一回。うまくドイツ風構築的音楽とフランス印象派音楽の違いを説明してくれていて、授業にでも使えそうだなと思った。ガムラン実際体験はとてもよいですね。これは同女の授業ではできないなあ。ぼく自身が芸大に紛れ行ってガムランを叩いたことを思い出しました。其他雖在所思不言而華也。
PS:Je t'ai vue, Momoka ! Bravo, bien joué !
PS:Je t'ai vue, Momoka ! Bravo, bien joué !
2011年10月26日水曜日
L'avant-garde musicale à Paris de 1871 à 1939
Michel Duchesneau, L'avant-garde musicale à Paris de 1871 à 1939, Mardaga, 1997 を読んだ。著者はカナダ在住のオーボエ奏者だそうだ。1994年に Université Laval に提出された博士論文。ラヴァル大学というのはカナダ最古の大学のようですね。知らなかった。これまで国民音楽協会(la Société Nationale)や独立音楽協会(la Société Musicale Indépendante)については、まあそこそこ知識はあったけれど、その後に活動していた二つの団体、セレナード (la Sérénade)とトリトン(Triton)というのはよく知らなかったので、面白かった。しかしちょっと似たような(あるいは全く同じ)記述が多過ぎる。これはワープロのコピペの弊害ですね。これから頼まれて、戦前ドイツで活動した貴志康一についての本の書評をしなければならないのだが、同じ頃のこれらフランスの音楽団体の中にも一人日本人の名前があって驚いた。1922年2月2日の独立音楽協会のコンサートに、Yoshinori Matsyama という人の des chansons populaires japonaises が演奏されたというのだ。だれ?
2011年10月24日月曜日
奇談異聞辞典
柴田宵曲編『奇談異聞辞典』(ちくま学芸文庫)読了。読み終わるのがもったいないくらいでした。素晴らしい!「共同幻想論」は全然、『遠野物語』だけに依拠する必要がなかったわけだ。日本中、共同幻想だらけである。
いまどきフランス音楽コンサート
そしてルドン展の後は「いまどきフランス音楽コンサート」と題された森本ゆり(Pf)・畑中明香(perc)・改發麻衣(perc)さんのコンサート。後二者は同女打楽器の卒業生。曲はエマニュエル・セジュルネ《火をお持ちですか》、アラン・ゴーサン《アルカーヌ》、 クセナキス《プサッファ》、ティエリー・ド・メー《机の音楽》、ジョルジュ・アペルギス《ル・コール・ア・コール》、モーリス・オアナ《エチュード12》(それぞれ原題:Emmanuel Séjourné, Vous avez du feu ?, Allain Gaussin, Arcane, Iannis Xenakis, Psappha, Thierry De May, Musique de tables, Georges Aperghis, Le corps à corps, Maurice Ohana, Etudes d'interprétation XII)。なかなかの熱演であった。クセナキスやアペルギスを暗譜で演奏するなど結構がんばっているな、との感。後はフランス語をもう少し頑張ろうね。セジュルネとドメーは初めて聴く作曲家(名前も曲も)。ケージや実験音楽系の影響が明らかで面白い。でもきちんと構成された音楽になっているところが「ヨーロッパ」なんでしょうね。机を手で叩いたり擦ったりするするだけでカノンをするところは「伝統」!かな?
成田先生も来ていたけれど、ぼくは細川周平さんを誘ったのだった。彼は嵯峨で念仏狂言を見て来たと言って遅れて来た。コンサート後は三人でぶらぶら帰り、成田さんは帰宅。周平さんとぼくは「受賞祝い」ということで、彼の行きつけの天ぷら「有馬」へ。非常においしかった。天ぷらは言うまでもないが、宮崎出身の御主人の裏メニュー「冷や汁」に感激!
成田先生も来ていたけれど、ぼくは細川周平さんを誘ったのだった。彼は嵯峨で念仏狂言を見て来たと言って遅れて来た。コンサート後は三人でぶらぶら帰り、成田さんは帰宅。周平さんとぼくは「受賞祝い」ということで、彼の行きつけの天ぷら「有馬」へ。非常においしかった。天ぷらは言うまでもないが、宮崎出身の御主人の裏メニュー「冷や汁」に感激!
ルドンとその周辺
京都駅の「えき」美術館に「ルドンとその周辺」展を見に行った。わざわざ行ったのでなくて、その後のコンサートの前にちょっと時間があったので寄ったのでした。やはりいつみてもルドンの作品はどれも味がある。しかし発見もあって、展示作品の中にはリトグラフが多かったのだが、中にいくつか献辞が書き込まれているものがあって、オクターヴ・モース宛があった。説明ではベルギーの「二十人会」を組織した、としかなかったが、彼こそが「自由美学」演奏会シリーズの立役者である。ダンディをはじめ、セヴラックなどスコラの作曲家たちの多くの作品がここで初演された。今度出るアルテスの雑誌にルドンとセヴラックの関係について書いたけれども、ここでも間接的に彼らの関係が明らかになっている。もう一つの発見は、ギュスターヴ・モローからのルドンへの影響。オルフェの絵があって、それがまさしく竪琴にオルフェの首が乗っているというモローと同様の構図。しかしこれはそのようなイコノグラフィーが他にもあるのかも知れない。
モローのオルフェはこう。実はぼくはこれのカルコグラフィーを持っていて、家のプレイエルの下の壁に立てかけてある。
2011年10月22日土曜日
奈良ゆみさんインタビュー
セヴラックCDでソプラノを歌ってくださった奈良ゆみさんのインタビューがYouTubeにアップされていました。
http://www.youtube.com/watch?v=Qb6Fne-Ep-4
録音時のエピソードなど興味深い話を聞くことができます。
2011年10月9日日曜日
Acousmatic Concert
「関西の電子音楽の現在形」(同志社大学寒梅館)に行って来た。同志社女子大音楽学科の先生たちの作品を集めたもの。
檜垣智也『船上のプレリュード』『インコーポレアル』はフェラーリの「逸話的音楽」の正嫡という感じか。考えさせるのは、日本語の言葉の「近さ」。これは母国語ということから来るか、あるいはもっと音響学的なこと(デジタル/アナログ)か、あるいは……。
石上和也『淤母陀流神への奉納曲』はそのフォルムの不思議さが聴かせる。最後のミニマル的部分(タカタカタタカタカカ)は印象的。
清水慶彦『白傘蓋陀羅尼によるインヴェンション』はチェロと録音された音響との共演。非常に巧みに書かれている。この曲も最後のチェロのソロが印象的。
休憩を挟んで、RAKASU PROJECT『1無題/2みかか/3見えない音』。2の電話インターネット音は何だか懐かしい。最後の音響を「話し中」のツーツー音にしてフェイドアウトして欲しかった。他2曲は光センサーを使ったライヴエレクトロニクス。これは非常に面白い。光の相(時間的要素)の上に色も音響の変化に関係があるらしい。スペクタクル性を開発すると非常に面白そう。
葛西聖憲『1Etude des sons homogènes 1999/2Etude 2006』はフルートとヴァイオリンの音を基にした作品。良くも悪くも非常に巧みなメチエのある作曲家の作品だ。同じことは次の成田和子『ミュジコラマ2011』にも言える。要は素材が楽器音か、録音された具体音かの違いだけである。ただ成田作品の最後(『祈り』)に多少の冒険が感じられる。
檜垣智也『船上のプレリュード』『インコーポレアル』はフェラーリの「逸話的音楽」の正嫡という感じか。考えさせるのは、日本語の言葉の「近さ」。これは母国語ということから来るか、あるいはもっと音響学的なこと(デジタル/アナログ)か、あるいは……。
石上和也『淤母陀流神への奉納曲』はそのフォルムの不思議さが聴かせる。最後のミニマル的部分(タカタカタタカタカカ)は印象的。
清水慶彦『白傘蓋陀羅尼によるインヴェンション』はチェロと録音された音響との共演。非常に巧みに書かれている。この曲も最後のチェロのソロが印象的。
休憩を挟んで、RAKASU PROJECT『1無題/2みかか/3見えない音』。2の電話インターネット音は何だか懐かしい。最後の音響を「話し中」のツーツー音にしてフェイドアウトして欲しかった。他2曲は光センサーを使ったライヴエレクトロニクス。これは非常に面白い。光の相(時間的要素)の上に色も音響の変化に関係があるらしい。スペクタクル性を開発すると非常に面白そう。
葛西聖憲『1Etude des sons homogènes 1999/2Etude 2006』はフルートとヴァイオリンの音を基にした作品。良くも悪くも非常に巧みなメチエのある作曲家の作品だ。同じことは次の成田和子『ミュジコラマ2011』にも言える。要は素材が楽器音か、録音された具体音かの違いだけである。ただ成田作品の最後(『祈り』)に多少の冒険が感じられる。
2011年10月6日木曜日
音楽のカルチュラル・スタディーズ
マーティン・クレイトンほか編『音楽のカルチュラル・スタディーズ』(若尾裕監訳、アルテスパブリッシング)読了。ぼくが普段から考えていることと余り違わないことがほとんどであった。しかし、自分の考えを考え直してみるいい機会にはなって、結局『狂気の西洋音楽史』は「西洋音楽」の「内側」からの、『セヴラック』は「外側」からのアプローチであるということに気がついた。その他にも、この二著は、さまざまな点で補完し合っている(内と外、客観と主観、学問的語りと小説的語り、等々)。その他には、一点、音楽心理学という学問がそれほど当てにならないものでもなさそうだ、ということ。でもどうかなー……。
2011年10月1日土曜日
高橋聖子パイプオルガンコンサート
高橋聖子パイプオルガンコンサートを新島記念講堂で聴いた。曲目はバッハのヘ長調の《トッカータとフーガ》、クープランの《修道院のミサ》よりいくつか、リストの《BACHの名による前奏曲とフーガ》、休憩を挟んでアランの小曲二曲とヴィドールの《交響曲第5番》。やはりクープランはいいですなあ、独特の雰囲気がある。少し彼の Leçons de ténèbres を思わせる部分もあり。ヴィドールはやはりなくもがな、かな?でも第二楽章の中間部でなんと!「待ちぼうけ」の前奏が聞かれますぞ!
2011年9月26日月曜日
也有の四行詩
絶句にまねたらしい。『鶉衣』を読んでいたら出て来た。
たれ雑炊に落葉たきぬる
すゝけし昔とへどこたへず
われわれ鍋の世をのがれなば
よし綴蓋の汝とあそばむ
1、2、4行目が韻を踏んでいる。押韻詩の試みがこんな昔にあったとは!(しかし、蕪村とかにもあったような……。)
たれ雑炊に落葉たきぬる
すゝけし昔とへどこたへず
われわれ鍋の世をのがれなば
よし綴蓋の汝とあそばむ
1、2、4行目が韻を踏んでいる。押韻詩の試みがこんな昔にあったとは!(しかし、蕪村とかにもあったような……。)
2011年9月22日木曜日
朝鮮民芸論集
浅川巧『朝鮮民芸論集』(高崎宗司編、岩波文庫)読了。「正しき工芸品は親切な使用者の手によって次第にその特質の美を発揮するもので、使用者は或意味での仕上工とも言い得る。……然るに如斯工芸品は世に段々少なくなる傾向がある。即ちこの頃の流行は器物が制作者の手から離れる時が仕上がったときで、その後は使用と共に破壊に近づく運命きり持っていない」。卓見である!また韓国に行きたくなってきた。それも田舎に。
2011年9月21日水曜日
中野慶理ピアノリサイタル
昨日は台風接近の中、大阪いずみホールで中野先生のリサイタル。演奏活動30周年ということで、お得意のレパートリー。ラフマニノフ、シマノフスキー、プロコフィエフ、休憩を挟んでスクリャービン。シマノフスキー《エチュード》作品4は初めて聴いた。なかなか面白い。やはり圧巻は最後のスクリャービン《エチュード》作品8全曲でしたな。これほどロシアもの(?)を安心して聴けるピアニストは日本には珍しいのでは?しかし、そんな熱演を前にして、寝ている御仁やいちゃついているカップルも……、いやはや。今度は中野先生に Vers la flamme を弾いて欲しいですね。
2011年9月20日火曜日
Allain Gaussin
Allain Gaussin から合宿中に突然電話。また大阪音大で作曲法集中講義で来ているので、会いたいと。というわけで、昨日大阪梅田で会いました。京都フランス音楽アカデミー再編の話。彼の Ogive のプロジェクトの話。やはりフランスは全体的にお金がないのですね。なかなか文化的な事業は難しい。彼は来週には東京に行って、大使館の文化担当と直接話をすると言っていた。
2011年9月15日木曜日
ノエル・アクショテ
ノエル・アクショテの『ピンク・レディー』を聴いた。ギターで弾くとこんなになるのか、全然別の曲のようです。リュック・フェラーリとアクショテとのやりとりも聞いたが、なかなか面白い。どうもフェラーリにピンク・レディーも聴かせていたらしい(笑)。そして、今度はジェズアルドのマドリガルのアルバムを作るそう。楽しみである。
2011年9月9日金曜日
松下悦子ソプラノリサイタル
大学院の会議に今出川へ行った帰り、松下先生のリサイタル(いずみホール)に行って来た。「月のある風景」と題して、月に関係のある、シューベルト、木下牧子、清水肇、ヴォルフ、シェーンベルクらの作品を集めたもの。しかし日本語の歌の問題は、どうしてもピアノ伴奏歌曲のスタイルが、伝統的(木下)でも前衛的(?清水)でも、ちぐはぐな感じがするところだろう。必然性(?)が感じられないのだ。その点、ヴォルフは素晴らしい。やはり、どうしてもエクセントリックだね。そしてシェーンベルク。同じ曲目を奈良ゆみさんも最近歌ったのだが、松下さんのはちょっと「お行儀」が良すぎたかな。
2011年8月29日月曜日
オクタビオ・パス
オクタビオ・パス『弓と竪琴』(牛島信明訳、岩波文庫)読了。「真の生は、……最も些細なことをも含めて、われわれの行為のすべてに見られる、〈他者性〉のきらめきの認識である。」「われわれの日々の行為によって織りなされた体験である〈他者性〉は、何よりもまず、われわれはわれわれ自身であり続けながら他者であること、またわれわれが今いる場所にいつづけながらも、われわれの真の存在は他の場所にあることの同時認識である。われわれは他の場所なのである。つまりわたしが、今しもここで、これを、あるいはあれをしながら、他の場所にいることを意味する。また、わたしは、常にここであるどこか知らぬ場所で、孤独であり、君と一緒にいる。ここで君と一緒にいるのだ。」(448〜450頁)パスは十字架の聖ヨハネの「沈黙の音楽」の語を引用している。モンポウはパスを読んでいただろうか?
2011年8月13日土曜日
コクリコ坂から
外は暑すぎるので、屋内での娯楽ということで、ジブリ最新作『コクリコ坂から』を見に行く。神戸ミント。なかなかうまく出来た映画だった。少なくとも前作よりはよほどいい。帰りにモンテメールの新しく出来た「キャプテンテリー」で昼食。しかしえらく待たされ……。むむむ。
2011年8月11日木曜日
2011年8月9日火曜日
2011年8月7日日曜日
2011年8月6日土曜日
俳家奇人談
竹内玄玄一『俳家奇人談・続俳家奇人談』(岩波文庫)読了。作者を知らないで句だけしっているというものがけっこうある。なかでも千代女の以下の句は、その詞書などまったく知らなかった。哀感溢れている。
わが子を失いける時、
蜻蛉釣今日はどこまで行つたやら
また、次の瓢水居士の句も面白い。
平生したしき人の、難波の遊女を根引きせんと云へるをいさめて、
手にとるなやはり野におけ蓮花草
わが子を失いける時、
蜻蛉釣今日はどこまで行つたやら
また、次の瓢水居士の句も面白い。
平生したしき人の、難波の遊女を根引きせんと云へるをいさめて、
手にとるなやはり野におけ蓮花草
2011年8月4日木曜日
セヴラック、本とCD
アルテスパブリッシングの木村さんから『セヴラック』の初校が送られてきた。と言っても、最近は違うね、pdfのファイルですよ。それをこちらでプリントアウトする。便利になったもんだ。コジマ録音のCDも、友人・知人に送った。みんなに楽しんでもらえればよいですね。しかし暑い………。Tengo calor !
2011年8月2日火曜日
Blanche Selva
スペイン語の勉強をしていたら、「密林の王者」ターザンの話が出てきて、ジャングルという単語が出てきた。それが「selva」!!何と、ブランシュ・セルヴァの名前はジャングルだったのか!?語源をたどると、ラテン語のsilvamから来るらしい。もちろん、ギニャール先生の名前のSylvainもここから来ている。スペイン語のセルバは女性名詞。よかったね。しかし彼女はセヴラックから、「彼女はブランシュ(blanche とはフランス語で二分音符)ではなくて、ロンド(ronde は同様に全音符、でも同時に「丸々とした女性」の意味にもなる)だよね」と揶揄されていたのでありました。
こんな感じだったらしい。ちなみに譜めくりをしているのは、スコラ・カントルムでセヴラックと同級生だった、ルネ・ド・カステラです。(痩せてて見えない……笑)。
こんな感じだったらしい。ちなみに譜めくりをしているのは、スコラ・カントルムでセヴラックと同級生だった、ルネ・ド・カステラです。(痩せてて見えない……笑)。
2011年7月28日木曜日
2011年7月23日土曜日
M・エックハルト『神の慰めの書』
M・エックハルト『神の慰めの書』(相原信作訳、講談社学術文庫)読了。岩波文庫の説教と重なる部分多し。しかし、相原氏の訳は重厚で、時に時代がかってはいるが、熱がこもっており、味わいがある。「神と取引をする者たち」の話はここにも出ていた。そして、もう一つ心に残ったもの。「神の慰めは純粋であって、何の欠陥もなく完璧であり完全である。実に彼にとってはお前に向かって与え恵むことは必然のことであり、彼は待ちきれないで自分から先回りをして自分自身をお前に与えずにはいられないのである」。私はどんなに小さなものでも喜びを感じるところ、そのようなあらゆるところに「神」と出会う。彼の、彼女の、あれの、これの、本当の姿は実は「神」であった。これがスピノザの言う「神」ではないだろうか?
Luc Ferrari
Luc Ferrari 関連書籍二冊読了。Portraits polychromes no.1 "Luc Ferrari", INA, 2001, Nouvelle édition augmentée 2007, そしてもう一つは、Sonopsys (Cahiers musique concrète / acousmatique) no.4 "Hommage à Luc Ferrari", Licences, Paris, 2007. 特に後者は、Alexandre Yterce という人がやっている個人雑誌らしいのだが、付録CDが付くやら、凝った装丁やら、写真や折り込みも豊富というなんだかすごい得体の知れないもの。限定500部だそうだ。どちらもブリュンヒルドからもらっていて、今まできちんと熟読はしていなかったもの。面白い発見多数。《引き裂かれた交響曲》に言葉が付いているというのもその一つ。また、アクースマティック関係者多数参加の座談会では、フランソワ・ベールが興味深い発言を(やや思い込みの発言も多く、ブリュンヒルド ― 彼女も参加していた ― 他によって修正されたりしている)。それは、ピエール・シェフェールの Traité des objets musicaux に関するもの。この超体系的な書物とフェラーリとの関係である。
2011年7月22日金曜日
アルテス・パブリッシング
アルテス・パブリッシングのHPに拙著『デオダ・ド・セヴラック』の近刊予告が。以下のサイトを御覧あれ。
http://www.artespublishing.com/
乞御期待。
http://www.artespublishing.com/
乞御期待。
2011年7月21日木曜日
Luc Ferrari, Collection de petites pièces
Luc Ferrari, Collection de petites pièces ou 36 enfilades pour piano et magnétophone (1986) を聴き直す。やはり傑作である。一度聴いたら耳を離れないこのテーマ!なぜ聴き直したのかと言えば、ブリュンヒルドがメールに「comment pourrais-je comprendre ?(どうやって解れって言うの?)」と書き、これはリュックだ、とあったから。恥ずかしいことに彼女に「これはなに?」と訊いたのでした。フェラーリのこの作品の中で女性がこう語るのである。
2011年7月20日水曜日
Le cantique spirituel
Saint Jean de la Croix, Le cantique spirituel (trad. du Père Grégoire de Saint Joseph, Seuil, coll. point, 1947, 1995) 読了。例の箇所は、
XIV (XV)
Comme la nuit tranquille
Lorsque commence le lever de l'aurore,
Comme la musique silencieuse,
Comme la solitude harmonieuse,
Comme le festin qui charme et remplit d'amour.
XIV (XV)
Comme la nuit tranquille
Lorsque commence le lever de l'aurore,
Comme la musique silencieuse,
Comme la solitude harmonieuse,
Comme le festin qui charme et remplit d'amour.
2011年7月19日火曜日
神の慰めの書
エックハルト『神の慰めの書』(相原信作訳、講談社学術文庫)。エックハルトをミスティックなどと誰が言った。なんと彼の現実的なことよ。我々が不幸を嘆くにあたらないことを、卓抜な比喩で語る(140頁)。ある人が私に上着とチョッキとマントを貸してくれていて、寒くなったのでマントを返してもらうが、チョッキと上着はまだ貸していてくれる。これはありがたいことではないか。我々が幸福を(少々)失ったからと言って、不平を言うにはあたらないのである。
それから、彫刻家は岩や木を削るのではなく、その中から彫像を「掘り出す」という比喩があったが、これは漱石が『夢十夜』で語っているのと全く同じ。エックハルト→漱石はどのように繋がっているのか?
それから、彫刻家は岩や木を削るのではなく、その中から彫像を「掘り出す」という比喩があったが、これは漱石が『夢十夜』で語っているのと全く同じ。エックハルト→漱石はどのように繋がっているのか?
2011年7月12日火曜日
近世畸人伝
伴蒿蹊『近世畸人伝』(岩波文庫)再読了。まあ奇人変人はいるもんだな。一日中、穴の中で読書をしているなど、なんとうらやましい。彼らがまさに生き生きと活写されている。あたかもすぐ隣にいるような。
2011年7月9日土曜日
ジャクリーヌの映画
ジャクリーヌ・コーの映画を神戸で上映する企画について、木曜日の下田さんの音楽マネージメント論で少々試写会を行い、その後石上和也君、また小島剛さんと相談。小島さんとは、初対面。しかし、彼はフェラーリが大阪で演奏をした時のお世話役だったはず。その前日には檜垣君とも相談。みんなが力を合わせてくれているのが、大変嬉しい。
2011年7月8日金曜日
マイスター・エックハルト
『説教集』(田島照久編訳、岩波文庫)読了。「私は悲しみのあまり死ぬほどである」(マタイ26・38)。ちょうど授業の《マタイ受難曲》で聴いたばかりだったので、衝撃。イエスの場合もそうだが、「外の自己」を離脱せよ。まさしく!ペソアも違うことは言っていない。「商人」となってはならない。ボエティウス『哲学のなぐさめ』でも「商人的」だ。心の自由と平安を!
2011年7月1日金曜日
エックハルト
トマス・ア・ケンピスを読んでいて、「キリストにならって」いろいろと苦難に耐え、身をつつましく維持しなければならない、その方が神によって良しとされるからだ、という論理がちょっと気になった。こういう考えに対して、エックハルトははっきりと「それは商人である」と言い切って、否定している。自分の苦難と神から与えられる幸せを「取り引き」しているのだ、と。しかし、トマスの方が100年くらい後の時代の人なのだが……。エックハルトは死後すぐに「異端」として断罪された、というが、こうして彼の影響は無くなってしまったのだろう。残念だ。絶対、トマスよりエックハルトの方が正しいと思う。ニーチェはエックハルトを知っていたのだろうか?
2011年6月30日木曜日
2011年6月27日月曜日
『インド音楽序説』
デーヴァ『インド音楽序説』(中川博志訳、東方出版)読了。中川さんの講義の後でこれを読んだので内容についてわかったけれども、順序が逆だったら果たしてこれほど理解できたかどうか。実に、何度でも言うが、音楽とは聴かなければわからない。そして、トマス・ア・ケンピス『キリストにならいて』(岩波文庫)を読み始める。明日にあなたが生きているなどと、誰が言った?心に沁みますね。
El sur
エリセ監督の第二作『エル・スール El sur』を見る。DVDボックスの続き。父と娘の話というのは、なかなか身につまされるね。映像美、もちろん。スペインの中での北と南の違いというのはよくわからなかったが、大変なものだ。北フランスと南フランスの違いより大きい感じがする。そこには、もちろん「内戦」というファクターがあるだろう。これもフランスにはないものだ。
2011年6月26日日曜日
Philippe Manoury
フィリップ・マヌリの講演&コンサート(於、同志社女子大学)。講演の通訳をやり、その後、栄光会(父兄会)の相談役、そしてまたコンサートに戻るという分刻みのスケジュール。コンサートは、Pluton、 Le livre des claviers、 Neptuneの三曲。なんと東京から野平一郎さんも来ていた。浅田彰も来ていたらしい(コンソール担当の檜垣君の証言)。Midi のピアノ鍵盤とのインターフェースの具合が悪く、Pluton は最初の10分でだめになったらしい(ぼくは父兄会でいなかった)。その後の演奏は素晴らしかった。打楽器は本学の打楽器コースの学生さんたちとティエリー・ミログリオ(ぼくが聴けなかったピアノはアンクザ・アプロディウ)。それなりに面白いけれども、ぼく自身がやりたいという音楽ではないな。
De Brunhild
Je pense que c'est très intéressant et important que tout le monde le sache, donc je te cite, Brunhild, excuse-moi.
リュック・フェラーリとモンポウ、即興についての興味深い証言。奥さんからのメール。
Cher Ryosuke,
Je te remercie. Oui, je comprends très bien maintenant! Et ton idée Séverac
me plaît.
mais: "comment pourrais-je comprendre?!" (je cite Luc) - Cette phrase est
dite par une jeune femme dans une des pièces "collection de petites pièces
ou 36 enfilades pour piano et magnétophone".
Il est vrai aussi que Luc aimait bien Mompou. Et je suis heureuse que toi
aussi ...
Quant à 'improvisation, oui, Luc aimait beaucoup mais était incapable,
croyait-il, d'improviser. C'est pour cela qu'il a conçu pour l'improvisation
des projets, partitions, propositions dès 1962. Et c'est seulement avec
"Archives sauvées des Eaux" en 2000 qu'il s'est lancé lui-même à improviser
encore très timidement à côté de DJ Olive, puis au fil des expériences, de
plus en plus hardi avec eRikm, ensuite Scanner, Martin Tétraux, Otomo
Yoshihide. en 2001 il se sentait prêt à improviser avec Noël Akchoté et
Roland Auzet dans "Impro-Micro-Acoustique".
C'est curieux d'ailleurs de penser qu'il faut passer par le jazz pour
développer cet usage et cette technique d'improvisation, alors qu'elle
existe depuis probablement toujours mais dans l'enseignement, les schémas,
les méthodes les doctrines ont mis un frein à la liberté, la spontanéité.
Mais toi, savant, tu sais beaucoup mieux exprimer ces choses-là et donc
comprendre les hésitations de Luc ou tout autre.
Ceci une parenthèse peut-être un peu inutile pour toi. Mais j'avais envie de
dire.
リュック・フェラーリとモンポウ、即興についての興味深い証言。奥さんからのメール。
Cher Ryosuke,
Je te remercie. Oui, je comprends très bien maintenant! Et ton idée Séverac
me plaît.
mais: "comment pourrais-je comprendre?!" (je cite Luc) - Cette phrase est
dite par une jeune femme dans une des pièces "collection de petites pièces
ou 36 enfilades pour piano et magnétophone".
Il est vrai aussi que Luc aimait bien Mompou. Et je suis heureuse que toi
aussi ...
Quant à 'improvisation, oui, Luc aimait beaucoup mais était incapable,
croyait-il, d'improviser. C'est pour cela qu'il a conçu pour l'improvisation
des projets, partitions, propositions dès 1962. Et c'est seulement avec
"Archives sauvées des Eaux" en 2000 qu'il s'est lancé lui-même à improviser
encore très timidement à côté de DJ Olive, puis au fil des expériences, de
plus en plus hardi avec eRikm, ensuite Scanner, Martin Tétraux, Otomo
Yoshihide. en 2001 il se sentait prêt à improviser avec Noël Akchoté et
Roland Auzet dans "Impro-Micro-Acoustique".
C'est curieux d'ailleurs de penser qu'il faut passer par le jazz pour
développer cet usage et cette technique d'improvisation, alors qu'elle
existe depuis probablement toujours mais dans l'enseignement, les schémas,
les méthodes les doctrines ont mis un frein à la liberté, la spontanéité.
Mais toi, savant, tu sais beaucoup mieux exprimer ces choses-là et donc
comprendre les hésitations de Luc ou tout autre.
Ceci une parenthèse peut-être un peu inutile pour toi. Mais j'avais envie de
dire.
2011年6月25日土曜日
みつばちのささやき
ビクトール・エリセ監督『みつばちのささやき El espiritu de la colmena』を見た。村上君から借りたエリセのボックスDVDの一枚。スペインの田舎町。ほとんどフランスの田舎町も似たようなものだ。特に南仏は。地面すれすれで生きている人たちの雰囲気。そしてまた、子供時代の思い出の重要性。これは、実は「即興」という話に繋がって行くのだが……。
2011年6月23日木曜日
Livre de l'intranquilité
Fernando Pessoa - Bernardo Soares, Livre de l'intranquilité édition intégrale, Christian Bourgois, 1999 読了。読み終わるのがもったいなく感じられるくらい。人生は夢だ、まさしく。おれが夢見るのを邪魔しないでくれ。以前に『非謐の書』がいい、と言ったけれど、もう少しわかりやすく『非静謐の本』というのもいいかも。「不穏」はいかんだろう、「不穏」は。何度でも言うが、ここには政治社会的な何ものもない。また「不安」では軽すぎる。
2011年6月20日月曜日
ジャクリーヌ・コーの映画上映
ジャクリーヌ・コー Jacqueline Caux の映画『引き裂かれた交響曲の物語 Contes de Symphonie déchirée』と『プリズムの色、時間のメカニズム Les couleurs du prisme, la mécanique du temps』の神戸での上映も決定しました。12月12日(月)に。彼女とぼくのトークもあります。場所は神戸アートビレッジセンターです。翌日には同志社大学今出川キャンパスの寒梅館でも同じ作品の上映あり。『引き裂かれた……』はリュック・フェラーリの《引き裂かれた交響曲》に基づく作品。『プリズム……』は、彼女の亡き夫ダニエル・コー、あの大里俊晴さんの賛嘆擱く能わざるDaniel Caux の残したインタビューや彼自身の映像・言葉、そしてもちろんそのアイディアを用いて、また亡きダニエルのためにとアメリカ(イギリス)の実験音楽家たち(その他)がこぞって出演している。ジョン・ケージ、ポーリーヌ・オリヴェロス、ラモンテ・ヤング、テリー・ライリー、スティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラス、メレディス・モンク、ギャビン・ブライヤーズ、リシー・ホーティン。すごい!ジャクリーヌは、フェラーリの奥さんのブリュンヒルドと一緒に来日する予定。というのも、12月17日には東京で、ブリュンヒルドの新作をピアニストの井上郷子さんが演奏する予定だから。
セヴラックのうた
コジマ録音(ALM Records)からの『セヴラックのうた』発売最終決定(予定)です。Enfin, ça y est...
■セヴラック 歌曲とフランスの古いシャンソン/奈良ゆみ(ソプラノ)椎名亮輔(ピアノ) ALCD-7158
最終的には第4編集まで行きました。解説も渾身の作。全体に、手前味噌ではありませんが、かなり「よい出来」になっていると思います。みなさん、買ってくださいね。(そうそう、表紙もいいですよ。ぼくが、この間サン=フェリックスのセヴラックの家に行った時に撮ってきた写真を使っています。)
北インド古典音楽その3
昨日は最終回。一つの曲の演奏がどのように成り立っているかの解説。実際の映像を見ながら、中川さんが要所要所でストップして、その部分がどのような箇所なのかを解説してくれた。一つは何年か前の東京の夏音楽祭での「ドゥルパド」の演奏で、確かこれはぼくは録音を持っていた気がしたが、当時最初に聴いた時は確かに(男声がメインでもあり)地味でつまらないものに思えたものだ。中川さんの解説によって改めて聴くとやはり面白さが倍増である。初日からぼくの前に座っている人が寺内大輔さんだった。そして、イタリア現代音楽専門の高村さんとも知り合う。村上君は7時開始だと思って来たということで、終わり頃に到着。その後、二人で三宮かいわいで飲む。
2011年6月19日日曜日
北インド古典音楽その2
二日目はリズム(ターラ)について。手拍子を自分で打って確かめる。サイクルが最後に合った時の快感!家根谷さん、田村さんと知り合う(於、初日の迷い迷いの帰り道)。中川さんの翻訳した『インド音楽序説』(東方出版)を買った。すでに絶版だと言う。
2011年6月18日土曜日
北インド古典音楽
同女で音楽マネージメント論を担当頂いている下田展久さんの神戸 CAP HOUSE での企画。昨晩行ってきました。場所は神戸港を望む CAP CLUB Q2 という会場。ポートライナーのポートターミナル駅からなかなか複雑な経路を通って辿り着く、不思議な場所。
昨日はモード(ラーガ)の話。本などでの知識ではよくわからない「節回し」とかは、中川博志(HIROS)さんの実演ですっきりと納得。やはり音楽は耳で理解しないとだめだということですな。
2011年6月17日金曜日
Pessoa et Mompou, et vice versa.
Lire Pessoa en écoutant Mompou, ou écouter Mompou en lisant Pessoa, le moment de bonheur sans égal (le moment ibérique, mmm... ). J'écoutais l'Altitud, lorsque mes yeux tombèrent sur le mot "altitude" dans le texte du 8 septembre 1933... Quelle correspondance ! (je ne dis pas : coïncidence, car... )
2011年6月13日月曜日
サド・フーリエ・ロヨラ承前
バルト『サド・フーリエ・ロヨラ』読了。「生涯」が一番面白かった。文学理論的部分は、訳がもう古いんだね。「インターテキスト性」とか。またこれも同様だが、当時では仕方が無かったのかもしれないが、強引なこじつけ訳注なども多い。ラカン『エクリ』の翻訳を思い出した。「アベセ」の訳注でめちゃくちゃな解説が付いていた(これは東大の山田氏の御教示による)。もう一度新たなバルト全集を出すべきだろう、フランスでもあるんだから。(ふと思ったが、日本でも、もうあるのかな?)
2011年6月9日木曜日
ベルナルド・ソアレス
ベルナルド・ソアレスの言うことはいちいちもっともである。世の中にこれだけ多種多様の数え切れない人間がいる中でどれだけが自覚しているだろうか?ハイデッガーも違うことは言っていない。そしてそんな中での「わたし」は?そのうえで何かをするとは?それが自己満足でいいのか?他人は関係ない。評判?そんなものに捕われるのは自分を失うことだ。しかし、ソアレスにはないものが一つ。それは大切な家族である。その意味で「闘う家長」には共感する。しかしこれは西欧的には封建的で徹底していないんだろうな。
2011年6月7日火曜日
2011年6月4日土曜日
カンディンスキー
カンディンスキー『印象III』のもととなった演奏会のことだが、初めての無調の作品の演奏会だと思い込んでいたのだった。そして、それはシェーンベルク《弦楽四重奏曲第二番》である。ということは、弦楽器奏者と歌手がいただけであって、ピアノはない。しかし、カンディンスキーの画面の大部分を占めるのはピアノである。ん……?なんか変ですよね。ちなみにこんな絵です。
カンディンスキーと青騎士
兵庫県立美術館でやっている「カンディンスキーと青騎士」展を見に行った。やはり、メインは『コンサートの印象』いやいや『印象III(コンサート)』である。近くによって見ると、右側の大きな黄色の部分が最後に描かれていることがわかる。解説によると、この部分はシェーンベルクの無調作品の印象だそうだ。ふーむ。しかし、1911年1月2日のコンサートというと何だろう?ピアノがあったのか?また、その後、青騎士の展覧会や属していた人たちの写真が何枚かあるうちに、シェーンベルクの『後ろからの肖像』というのがあったが、これってフェラーリの《Und so weiter》のジャケットのもとかな、と思った。そして、トマス・デ・ハルトマン。彼がいたんだよなあ。グルジェフとカンディンスキーは関係がなかったのだろうか?いや、確かあったような。いろいろ考えられる……。
Christophe Rousset
クリストフ・ルーセのクラヴサンのコンサートが茨木であったのに行ってきた。これもまた震災のチャリティ・コンサートである。この間の芦屋でのチャリティ・コンサートにもましてものすごい人出で、入るのに大層な列を作らなければならなかった。中では舞台にまで椅子が持ち出されていた。そして、芦屋でのと同様、大声でしゃべくるおばさんたちの圧倒的なパワー。ぼくがようやく空いている席を見つけて、そこにいたおばさんに「ここ、空いていますか?」といちおう訊いてから座ると、そのおばさんから「いい席が空いていてよかったわね、あんた」と言われました。一瞬どう応対したらよいかとまどいましたよ。これがいわゆる「大阪のおばちゃん」なのですね。その後も、演奏中に携帯を鳴らすおばちゃんや、ぼくのすぐ後ろでは、演奏ももう終わりになろうという頃、おばちゃんというよりおばあさんなのでしょうが、「ああ、腰が痛い、ちょっとすみません足を伸ばさせて」と死にそうな声がしたりもしました。しかし、そういった色々な「事件」にもかかわらず、演奏は力のこもった素晴らしいものでした。クラヴサンでの「熱演」というのは初めて。
2011年6月3日金曜日
Mompou, Ballet
モンポウの《バレー》、《プレリュード第11、第12》の楽譜を手に入れた。《バレー》の方は前書きが全くカタルーニャ語しかない。なんとか解読すると、この楽譜の校訂はピアニストのジョルディ・マソ(CDを録音した人だ)の手になるものらしい。ますます彼に会わざるを得なくなった。そしてなんとこの楽譜はFundació Frederec Mompouの出版である。そんなものがあったのか!
2011年6月1日水曜日
サド・フーリエ・ロヨラ
『サド、フーリエ、ロヨラ』の日本語訳を読んでいるが、誤訳というか、訳注に訳者の思い違いが現れている。訳者は篠田浩一郎。98ページ。ちゃんと翻訳は「転移」となっているが、これが精神分析の「転移」ではない、「移転」がどうたらというわけのわからない訳注がついている。その後も、訳注の中で誤解があった。どうもこの訳も隔靴掻痒なのは、それらから来ている?
2011年5月30日月曜日
ロロスリ承前
そしてまた思ったのだが、同時にバルト『サド・フーリエ・ロヨラ』を読んでいるのだが、バルト流の「テクスト分析」(?)というか「構造分析」みたいなものを『ロロスリ』にも適用できるなあ、とも思いました。書かれているもの(人)と、書いている人と、そして書かれたもの、それらの複雑奇妙な関係。ちなみにこんな表紙です。
ロックンロールストーブリーグ
というわけで安田さん/辻井さん『ロックンロールストーブリーグ』(音楽出版社)を読み返した。しかし、余りにも多くの情報が詰まっているので、後から、あああれはどこに書いてあったのだろう、と思って、ページをめくって探しても出てこない。この本にはぜひぜひ詳細な索引(それも事項についての説明がついているような)を付けて頂きたい、と思ったのでした。(全く同じことを大里さんの本でも思った。)
2011年5月29日日曜日
2011年5月25日水曜日
2011年5月22日日曜日
琵琶プラス
子供たちを宝塚の義理の弟夫妻宅に預け、シルヴァン・ギニャール先生の「琵琶プラス」の京都コンサートへ。場所は恒例の黒谷永雲院。行く前に少々時間があったので、三条高瀬川沿いのカフェ・チェントチェントへ。何とここは明後日には閉店してしまうと言う、驚き。さてギニャール先生のコンサート、今年は薩摩琵琶の石田克佳さんと一緒。源平合戦の話をその画題の大きな屏風(ギニャール先生の私物 ― 最近彼は骨董に凝っているそうだ)の前で語るもの。庭もよかったし、演奏もよかった。昔の学生の前田さんがお手伝いしていた。今は、小学校で音楽教師をしていると言う。コンサートにはNHKの取材が来ていて、演奏前にぼくはインタヴューまでされてしまった。
これは黒谷の山門のうしろがわ。山門自体は修復工事中であった。
コンサート会場で細川周平さん夫妻と現地集合、その後、彼らお勧めの三条河原町の「魚棚」という店へ。その後、歩いてイベリコバル「ベジョタ・ムチョ」。周平さんの奥さんは、なんと「生モンポウ」を見たことがあるという!京都泊。
これは黒谷の山門のうしろがわ。山門自体は修復工事中であった。
コンサート会場で細川周平さん夫妻と現地集合、その後、彼らお勧めの三条河原町の「魚棚」という店へ。その後、歩いてイベリコバル「ベジョタ・ムチョ」。周平さんの奥さんは、なんと「生モンポウ」を見たことがあるという!京都泊。
2011年5月21日土曜日
十字架の聖ヨハネ
十字架の聖ヨハネ Saint Jean de la Croix (スペイン語では、San Juan de la Cruz)は、モンポウの《ひそやかな音楽(沈黙の音楽)Musica callada》に引用があるので知り、その後歌曲にも《魂の歌 Cantar del alma》があって、名前を知ったのだが、ちゃんと知ろうと思い、いろいろ調べている。彼の詩はキリスト教神秘主義の一つの精髄のようだ。フランスから Le cantique spirituel と La vive flamme d'amour を取り寄せる。日本語訳もあるようで、それは何と我が家のお隣、西宮のカルメル会修道院が翻訳・出版しているもよう。しかし、まずはフランス語訳で読んでみようと思う。モンポウが引用しているのは、『精霊讃歌』の中からのようだ。《魂の歌》の詩はどうも『暗黒の夜 La Nuit obscure』にあるようなのだが、なんとフランス語訳は絶版で手に入らない。うーむ。
2011年5月20日金曜日
ドン・ペルリンプリン
ドン・ペルリンプリンは名前からして滑稽である。何の魅力もない中年男だ。彼は初夜の晩さえ「寝てしまう」し、必然的に「コキュ」である。しかし、我々男性はみんなドン・ペルリンプリンなのだ。モンポウはそれをいかに優しく描いていることだろう。ドン・ペルリンプリンはとれてしまった自分の「角」を優しく撫でるのである。そして最愛のベリッサのために、自ら死を選ぶ。
2011年5月19日木曜日
Ernest Renan
Ernest Renan, Qu'est-ce qu'une nation ? et autres essaies politiques (Pocket, Agora, 1992) 読了。昔にフランスにいた頃に買っておいて、最初少しだけ読んでほっておいたもの。しかし、ルナンの表記以外の諸論文の他、シュトラウスとの往復書簡、ゴビノー、モムゼン、リッター、カリエールへの手紙など、そしてフィヒテその他があり、とても勉強になる。
霊操
イグナチオ・デ・ロヨラ『霊操』(岩波文庫)読了。しかし、翻訳解説の門脇佳吉がさまざまに引用する文献、ロシア・フォルマリスムやら道元やら、デカルト、カント、ハイデッガー、などなどその必然性が全く感じられない。説得力がないというか、ただ単に似てるからもってきました、という感じ。意味ないじゃん。
2011年5月17日火曜日
POESIE
ポエジーとは何か。音楽でも、風景でも、さらには詩でさえ、ポエジーがあるものとないものがある。人間についてはなおさらである。ポエジーがないものを考えた方がわかりやすいか。計算高い人間とか、日常から離れられない人間とか。ようはつまらないもの?それではあまりにおおざっぱか?
福島原発とアウシュヴィッツ
続いて言えば、アイヒマン(「陳腐な悪」の体現者)と福島原発関係の人々を対比することが可能だろうか?アイヒマンはただただ忠実に上官の命令に従っただけだった、それが何万人ものユダヤ人を虐殺することだったとしても。福島原発で働いていた人々もまた、上の人間の命令に従っていただけだった……。しかし……。
アドルノとアウシュヴィッツ
以前に岡田暁生が今回の大震災とアウシュヴィッツを混同していることを批判したが、考えてみると、それは福島原発事故が人災であってアウシュヴィッツも人間のしわざであるという意味で一緒にしているのだろう。しかし、アドルノが言っているのは、私の意見ではこうだ。「詩」というものは、「言葉」とその意味するもの(「現実」?)との間の「たわむれ」で成り立っている。しかしアウシュヴィッツにおいては、「言葉」そのものが「現実」と全くずれがなく、くっついてしまっている非情な(といっても足りない)世界である。「Arbeit macht frei」という言葉は「死」(以上のなにものか、とも言える)を意味する。もっと言えば「意味する」などとも言えない、ガス室直結のなにものかである。「Arbeit macht frei」はナチスの最悪の冗談(もともとは言葉と意味との遊び)である。遊びがないという遊び。「詩」はもともとはそのような遊びだったのに、アウシュヴィッツではそれがマイナスの遊びになってしまった。そしてまた、遊びとはそれに関与する本人がするべきものだが、アウシュヴィッツではそれは本人ではなく「彼ら」がするのである。
2011年5月15日日曜日
2011年5月10日火曜日
モンポウとラヴェル
モンポウとラヴェルも出会っている。なにしろビニェスはスペイン人なので、すぐにモンポウとアパッシュつながりはできていたはず。後年、モンポウはレオン・ポール=ファルグの思い出に《歌と踊り》を捧げているし。ビニェスとは一緒に大富豪ロスチャイルド(ロチルド)家の晩餐会に招待されている。ラヴェルとは全く話が合わなかったらしい。その辺もセヴラックと似ている。
2011年5月9日月曜日
セヴラックからモンポウへ
セヴラックからモンポウへという動きは必ずやあると思う。セヴラックが六人組の先駆者である、と言ったのは確かジャンケレヴィッチだったはず。そして、プーランクの親友であるモンポウ。またオルフェウ・カタラを巡って二人の関係がありそう。セヴラックはバルセロナが大好きだったしな。二人はどこかですれちがっていないか?セヴラックは1921年に亡くなるが、当時1893年生まれのモンポウは28歳で、パリにいたはず。いやパリとバルセロナを行ったり来たりしていたかな?1920年にセヴラックはバルセロナに招かれている。うーむ……。
カタルーニャ語
セヴラック参考文献で雑誌『Conflent』というのを手に入れているのだが、その中にセレのブラゼスという人の「セヴラックの思い出」という文章がある。これがカタルーニャ語で書かれているのだ。そこで最近入手した田澤耕『ニューエクスプレス、カタルーニャ語』を片手に読んでみると多少役に立った。一番目に立つわからない語「amb」というのが「〜と一緒に」だというのを知った。しかしたいてい文意はわかるね。フランス語とスペイン語の中間の感じ?
2011年5月7日土曜日
Marcel Duchamp
昨日は連休中にも拘らず授業をしなければならなかった。(宮仕えは辛いね。)大学院の授業もあり、そこでレーモン・ルーセルの話をした。レットリスム(イジドール・イズーなど)との関連だったのだが、最近その『アフリカの印象』の舞台のフィルムを見たのを思い出した。それをどこで見たのかをなかなか思い出せなかったのだが、そうそう『マルセル・デュシャン事件』の中でだったのだった。そこでふと思い立って、モンポウのYouTubeがあるなら、当然デュシャンのものもあるだろうと思って検索すると、ありましたね。インタビューがいくつか。英語のものも仏語のものもあるが、どれも面白い。特にレディメードについての話が面白くて、インタビュアーに「これらの作品は見てはいけない。見ることはできないのだ。網膜では捉えられない。」と述べているのが印象に残った。サティが彼の「家具の音楽」を初演した時に、立ち止まって聴こうとする聴衆たちに向かって、腕を振り回しながら「止まるな!」と叫んでいたというのを思い出した。
2011年5月4日水曜日
マリエタン来訪
今日の昼は、せっかくピエール・マリエタン氏を家によんだので、その他にシルヴァン・ギニャール先生(ご夫妻をよんだのだが、奥さんは演奏会の準備で来れず)、檜垣智也さん、奈良ゆみさん、海老坂武先生も一緒に家でお食事会を催しました。談論風発、期せずしてマリエタン、ギニャールの二人のスイス人が同席したので、なかなか面白かった。しかし、フランク先生もスイス人だし、どうしてぼくの周りにはこんなにスイス人が多いのか。ジャン=クロード・エロワの演奏会のゆみさんの演奏をマリエタンは聴いていて、その時がまたゆみさんと海老坂さんの初対面の日だったらしい。奇遇!マリエタンはエロワとブーレーズのもとで同門で、エロワとブーレーズの確執を間近に見ていたという。
2011年5月2日月曜日
ロヨラ
イグナチオ・デ・ロヨラ『霊操』(門脇佳吉訳、岩波文庫)を読んでいる。しかし、この門脇氏は禅もやり、イエズス会の修行もしたといい、両者に共通点が多いと述べる。そして、禅の修行をしていたおかげで、イエズス会の修行も人より早く修了した、と言うのだが、それっていいことなのか?まあ「より早く」だけではなく、「より深く」とかも言っているけれども。どうも「功利的」な臭いがすると思うのは気のせい?それも含めて、氏の解説は、本当にロヨラの意図なのか、彼の曲解なのか、迷うところではある。なんだか見当はずれ(めいた?)引用などがあってますます迷わされてしまう。また「霊操」そのものの在り方が非常に精神分析と似ている。このことはロラン・バルトは気付いていたのだろうか?実を言うと、バルトの名著をまだ読んでいないのだった。急いで読まねば。
2011年5月1日日曜日
Jean-Aristide Rudel
私の机の前には、Jean-Aristide Rudel の小品(恐らくパラヴァス海岸の母親と幼児)と Frédéric Basille のポスター(Vue de village)と、応挙の模写(笙を聴く松下の儒者)、大倉侍郎さんの小品二つ、ギニャール先生から貰った大津絵(座頭)がある。
2011年4月25日月曜日
Jérôme Bastianelli
Jérôme Bastianelli, Federico Mompou : A la recherche d'une musique perdue, Payot 再読了。熊本マリの訳し間違い(というか矛盾点か、つまりどちらが正しいかよくわからない)が判明。モンポウが子供の頃、日露戦争ごっこをして遊んだ時に、日本側についたと熊本は訳している。しかし、同じジャネスが情報源であるバスティアネリによれば、国の大きさを見て、彼はロシア側についたということだ(彼自身が子供の頃から大きかったので)。また、モンポウが休暇をよく過ごしていたディナールというのがどこだかわからないで悩んでいたが、フランス大西洋岸の町らしい。また、ラ・ガリーガとかプチェットというのもまったく見当がつかなかったが、バルセロナの近郊(まあ大体そうは思っていたが)であることがはっきりした。以前にこの本もちゃんと読んだつもりだったが、忘れているもんですな。しかし、そういうのもちゃんと良心的な訳者だったら、注くらい付けるべきだろう(ウパニシャッドに変な注を付けているくらいだったら。他にもなんだか奇妙な注がたくさんあったぞ、いちいち言わないけど)。
2011年4月24日日曜日
仮面
シェーンベルクの仮面について考えていて、「隠しながら見せる」ということから、ロラン・バルトのロシュフーコー論を思い出しました。ここにも確か、「自分を指し示しながら歩く仮面」というイメージがあったと思います。そしてそれがカミキリムシ(?)とオーバーラップしていたと思うのだが……。後で調べてみよっと。そう言えば「仮面」というのは、ラテン語で persona (per-sonare で、〜を通して話す、響かせる)ですが、これがフェルナンド・ペソア Pessoa の名前の語源ですね。そして、それはフランス語の personne でもあって、フランス語の場合「誰でもない」という意味もある。
ジャネス承前
ジャネス『フェデリコ・モンポウ』再読了。原タイトルは「モンポウのひそやかな生活」なのだね。それを「ひそやかな音楽」と、音楽作品名と一緒にしちゃったので、何のひねりもきかなくなってしまった。訳者は熊本マリという人。ピアニストらしい。しかし、前に読んだチェイス『スペイン音楽史』もそうだが、アマチュアに毛の生えたような人たちが、よってたかってスペイン音楽研究をダメにしてしまっている感あり。濱田滋郎という人もいわばアマチュアだったようだが、他の人に比べてまだ学問的良心があったようだ……。少なくとも、フランス音楽研究やドイツ音楽研究の分野においてはこんなことは見られないと思う。こんなことを書いたからといって、例えば大学教授の書いたものが良くて在野のいわゆる「アマチュア」学者がダメだと言っているわけではありませんよ、念のため。問題なのは、精神の「構え」のようなものです。「誠実さ」と言い換えられるかな。
ゆみさんのシェーンベルク
昨晩は、モーツァルトサロンで奈良ゆみさんのリサイタル。谷口さんの伴奏で《ピエロ・リュネール》と《キャバレーソング》そして松平の二曲。ピアノ・ソロ伴奏の《ピエロ》は初めてだが、なかなかの熱演であった。シェーンベルクの「美しさ」がわかった。おそらくこれは普通の「美しさ」ではなかったので、シェーンベルクはそれを隠すために(隠しながら見せるために)《ピエロ》という、グロテスクで血なまぐさいような「仮面」を被ったのだ。当時の超保守的なウィーンではそれは必須であった(彼の《浄夜》はただ一つの「間違った」和音のために否定された)。モンポウの「金属和音」と似たようなシェーンベルクの「不協和音」。リサイタルには、マラパルテの宮岡さんと茨木さんも来ていた。(しかし、茨木さんはどこかで見た顔だと思ったら、帰宅して見たテレビにピースの又吉が映っていて、これだ!と思いました。)
2011年4月23日土曜日
クララ・ジャネス
クララ・ジャネス『フェデリコ・モンポウ』を読み返している。しかし、何度読んでも、靴の上から足を掻いているような印象。これが全く翻訳の悪さから来ているのは明らかだ。作品名がわからず、固有名詞の読みはめちゃくちゃで、ウパニシャッドまで知らないと来ている。(「何かの著者名」とか平気で書いている。)しかし、もしかしたら原著も困った本なのかも。原文で読んでみたいものだ。少なくとも、知りたいレフェランスの正確なものがわかるだろう。まあしかし、このような読みにくい本が唯一の日本におけるモンポウ紹介本なので、モンポウが余り人に知られずに済んでいるという、逆説的効用があるのかもしれない。バルセロナに行って、可能ならば直接に著者に会えればと思う。
2011年4月21日木曜日
ゲルナー
アーネスト・ゲルナー『民族とナショナリズム』(岩波書店)読了。非常に痛快に明快な論理の書。しかし、本書によると、識字率の高さ(それによる高文化の共有)がナショナリズムの発生原因の一つである。すると江戸時代にすでに高い識字率を誇っていた日本の場合はどうか?長州とか薩摩とかの雄藩割拠がその結果?たしかに離れた藩の人間たちの意思疎通があまりの方言の違いにより難しく、彼らは謡曲の言葉で語りあったという(文化 ― 民族? ―的版図と政治的版図の一致)。(しかしとりあえずはすごく滑稽な図ではあるな。苦笑。)
2011年4月20日水曜日
アウシュヴィッツとアドルノ
「アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である」という言葉である。アドルノ『プリズム』に見られる。優雅な詩を書くような文明的な人間が、同時にユダヤ人殲滅という前代未聞の蛮行を行った、文明も野蛮も人間の中において同じものである、というように解釈されるようだが、その解釈は正しいか?
昨日一昨日の京都新聞
きのうおとといの京都新聞で、岡田暁生氏が文章を書いていた。要は、東日本大震災の後にテレビのバラエティ番組をやったり、見たりするのは許し難いという趣旨で、アドルノの有名な言葉「アウシュヴィッツの後に詩はあり得ない」を引用しながらの論である。しかし、考えるに二つの点で異議あり。まず、これは全く当事者たちの心情を理解しない発言と言えるだろう。余りにも厳しく過酷な状況の中で少しでも「娯楽」を得ようとするのがそれほど否定される行為だろうか?そしてもう一つ。アドルノのアウシュヴィッツと今回の大震災は「同じ」か?違うでしょ。アウシュヴィッツはナチスの蛮行であり、大震災は(ほぼ)天災である。
2011年4月19日火曜日
Maya Deren
マヤ・デレンの作品集と『鏡の中のマヤ・デレン』を見た。初期の作品より後期の作品の評判が悪い、という話で、確かに第一印象はその通り。しかし、これも、もしかしてマヤが現在のテクニックを使うことができたとしたら、変わって来たような気がする。コンセプトの方がリアライゼーションを上回ってしまっているのでは?でもまあ、本人には余りお近づきにはなりたくない感じではあるな。最後のご主人の「テイジ・イトー」という作曲家は全く知らなかったが、他にどのような作品を書いていたのだろう?
2011年4月16日土曜日
チャリティ・コンサート
アムニスティ・インターナショナル主催のヴラダン・コチというチェコのチェリストの芦屋でのコンサート。彼のチェロはよかったが、ピアノ(有吉英奈という人)が全然だめ。肝心なところではずすわ、響かないわ。だいいち全部がメゾフォルテ!なんだこりゃ?プログラム最初のベートーヴェンのチェロ・ソナタは、ピアノの練習が追いつかなかったのか、バッハの無伴奏チェロ組曲に変わっていました。
2011年4月14日木曜日
Guillot et Mellers
Pierre Guillot, Déodat de Sévérac : musicien français とWilfrid Mellers, Le Jardin Retrouvé : The Music of Frederic Mompou を読み終わった。ギヨー先生の本は実に緻密な研究の成果である。これでほぼセヴェラック(彼はいろいろ考えた末、従前のセヴラックではなく、セヴェラックという読みを採用した)の全貌を知ることができる。これからの研究者には必読・必携の書物である。一方のメラーズの本は、何というか、アマチュアに毛の生えたようなもんだね。全作品について書いてはあるが、それを言葉で表現して(何調で、どのようなメロディーで、伴奏はこうこうで……)いるだけで、ときたま感想めいたものも入ってくるけれども、だから?という感じ。新しい情報はなし。(モンポウをジャズと比べているのが新機軸?以前に同志社大学でモンポウについて講演をしたときに、聴衆からジャズの影響について質問されて面食らったものだが、それを思い出した。)
濱田滋郎
『濱田滋郎の本』というのを読んでいたら、彼自身へのインタビューがあって、彼の父親が濱田広介という童話作家とあり、あれ、と思った。ぼくが生まれて最初に読んだ(とされる)本がまさしくその人の『ひろすけとくほん』だったからだ。その中の「あめはどこでもふっている……」というのはまだ覚えている。
2011年4月11日月曜日
麦ふみクーツェ
いしいしんじ『麦ふみクーツェ』を読む。細川周平さんから突然彼の評論付きで送られて来たのだった、「音楽を真剣に考える人間は絶対に読まなければならない」という言葉と共に。ファンタジーのようなものは苦手だし、またちょっと変わった人間の話か、という感じで最初は苦労して読み始めた。しかし、途中から引き込まれる。人間の生は音楽そのものである、というのは絶対の確信だが、いしいしんじはそれを小説にした。それゆえのフィクションである、と解釈する。あるいはメタファーと言ってもいい。音楽は時間と一緒で、それをまともに取り上げようとすると、手の間から逃げて行ってしまう(アウグスティヌスを思い出そう)。斜めに見なければいけない。それを木村敏もわかっていたし、いしいしんじもわかっているのだ。
2011年4月9日土曜日
La musique de Mompou
モンポウの音楽というよりは、モンポウにとっての音楽、あるいは作曲とは何か、ということかな。以前にモンポウのヴィデオをユーチューブで見つけたと言ったけれど、そこで彼が自分は作曲家ではないと言っていることを書いておいた。では、何と言っているか。「Je ne suis pas un compositeur. Mais, je ne suis qu'une musique」と言っている。意味深ですね。この 「suis」は、「suivre 」と「être」の二通りにとれるな。
2011年4月8日金曜日
承前
『スペイン音楽史』読了。ああ、読みにくかった。モンポウの作品名となると「お手上げ」なのか、ほとんどカタカナ表記であった。「ソムニの戦い」というのもあったぞ。なんだかヴェトナム戦争っぽいな。うーむ。モンサルバーチェなどは「モントサルバトヘ」という誰だかわからないものになってしまっていた。しかし、「フローレンス」とか「トゥリン」とか、やめてほしいよなあ(フィレンツェとトリノですよね、みなさん知ってますよね)。「サイキ」というのもあって、一瞬考えてしまった。これは「プシケー」ですね。
2011年4月7日木曜日
スペイン音楽史
ギルバート・チェイス『スペイン音楽史』(全音楽譜出版社)を読み始めたが、どうもこの訳者(舘野清恵という人)は、英語以外にスペイン語をやっただけのようで、イタリア語もフランス語もラテン語もわからないらしい。その上、一般教養もどうも怪しいので、読みにくくてしょうがない。サンチャゴ・デ・コンポステラにまつられているのが「聖ジャック」というのは御愛嬌(「ヤコブ」でしょ)だが、ローマの「パパル合唱団」というのは無教養をさらしているようなもんだ。「フランダース」というのも、なんだか犬が出てきそうだ。「フランドル」というのが一般的だろう。ビクトリアがローマで勤めた教会の名前が、「サン・ヒロラモ」というので、あれ彼はもうスペインに帰って来ていたっけ、と思ったりした。
2011年4月6日水曜日
スペイン音楽
ホセ・スビラ『スペイン音楽』(クセジュ)読了。クセジュの例に漏れず、人物名の羅列。唯一、残ったのがカタルーニャ民俗音楽の「聖母讃歌」として挙げられている「ゴーチ」。これは、セヴラックの言う「goigs」なのだろうか。カッコして「喜びを意味するカタルーニャ語」とある。それならばそれだ。フランス語の発音は「ゴワグ」という感じなので、ずいぶん違う。本当はどうなのだろう?そう思って、バルセロナの福島さんに訊いてみた。
2011年4月1日金曜日
2011年3月31日木曜日
モンポウとフランコ
ウィキのモンポウの項を見たら気になることが……。モンポウは、フランコ政権に近かったので音楽教師の職を得ることができた、というのだが。うーむ……、ファッショ?……。しかし、彼はガルシア=ロルカの戯曲に音楽を付けたりしているのだが、これは矛盾していないだろうか?フランコ政権下でも、反体制派のガルシア=ロルカの作品は、出版されたり、上演されていたのだろうか?
2011年3月27日日曜日
2011年3月21日月曜日
2011年3月3日木曜日
ジャクリーヌ・コー
ジャクリーヌさんから最新作二本のDVDが送られて来た。一本はダニエル・コーの書いたものにそったアメリカ・ミニマリストたちの肖像といった趣きの Prism's Color, Mechanics of Time 。もう一つはフェラーリの《引き裂かれた交響曲》を基にした Contes de Symphonie Déchirée 。どちらもすごくいい!12月に寒梅館で上映することになる。何とか他のところでも!
2011年2月28日月曜日
マルセル・デュシャン事件
大倉さんからのもう一つのヴィデオ『マルセル・デュシャン事件 The Case of Marcel Duchamp』も見てしまった!チェスだよ、ホームズ君(ラモーの甥を、そしてシュレーバーを思い出そう)。そして反デカルト主義!(ペソアを思い出そう。)しかし、デュシャンの『音楽的誤植』の話が全くなかったのは残念。
Cage/Cunningham
大倉さんから、Elliot Caplan のドキュメタリー映画『Cage/Cunningham』が送られてくる。さっそくダビングしながら視る。1991年の撮影と言うことだから、ケージの死の前年である。ぼくが彼と会ったのがその数年前で、まったく同じ感じであった。ラモンテ・ヤングのひげが逆さに生えているのと、フランク・ステラの左手の指が一本ない(!)のに、驚いた。ステラと言えば、その娘とその彼氏と共に、サルラのアンドレ/パンゲの家(パンゲ先生はもう亡くなっていたが)で一緒に夕食を食べたのを思い出す。
2011年2月26日土曜日
哲学への権利
立命館大学で西山雄二さんの映画『哲学への権利』上映会および討論会。討論会は亀井君の司会のもと、立命館の加國尚志さん、龍谷の竹内綱史さんとぼくとそして作者の西山さんで。ようは「哲学とは何か」みたいなことになるのか。「大学で哲学をするとは?」、また「哲学は必要か?」……。うーん、あまりに根源的でそれ自体が「哲学的な」問題なような気がする。懇親会には村上君も合流。他に西山さんの「おっかけ」の学生たちが5、6人。立命館の谷先生および学生たちも。
2011年2月25日金曜日
2011年2月22日火曜日
モンポウ《歌と踊り》
以前にウォーターズのセヴラック研究書を読んでいたら、アルベニスの管弦楽組曲《カタルーニャ》中の民俗音楽のフレーズの例が引いてあって、それが全くモンポウの《歌と踊り》8番のメロディーと同じなので、なるほどこれはカタルーニャ民謡として有名なのだな、と思ったのだが、昨日カントルーブのフランス民謡論を読んでいて、或るオーヴェルニュ民謡の例がまた全く《歌と踊り》9番のメロディーと一緒で驚いた。
2011年2月10日木曜日
ペッソアふたたび
しかし「ちからがないという力」とは、いかにもペッソア的である。(素晴らしい!拍手!)(ケージ的とも言えるかもしれない!!)そして、その淵源の一つがどうも神秘主義らしい。どうもイベリア半島にはそのような神秘主義の系譜がありそうで、リカルド・ビニェスもそれにはまっていたらしい。セヴラックとも結びつくのだが、彼は直接には神秘主義者ではない。(親戚だか知り合いだかにそういうのがいたらしいが。)この二人をフォンフロワドの修道院の壁画に一緒に描いたのが、オディロン・ルドンだが、ここにも神秘思想が匂いますな。そして、何と言っても、トマス・デ・ビクトリアを聴くたびに、ぼくなどは「神秘的」な感じがするのだが、これは個人的印象に過ぎないのか?
2011年2月9日水曜日
Bureau de Tabac
Pessoa(Alvaro de Campos)のBureau de Tabacを読む。傑作である。ずっとプレイアード版を読み続けているわけで、以前にはSeuilのPoésie叢書で読んだのだったが、微妙に翻訳が違っていて、多分こちらの方が原文に近いのであろう。でも、日本人のぼくには、やや雅文調過ぎるか?
2011年2月8日火曜日
Musica callada
フランスのFM放送、France Musiqueをインターネットで聴くことができるのだが、そのアナウンサーがモンポウの《ひそやかな音楽 Musica callada》を「ムジカ・カヤダ」と発音していた。うむむ、これは正しいのであろうか?
2011年2月7日月曜日
Charles Bordes
Daniel Charlesのウィキ日本語版が村上君の努力で出来上がった。クリストフもいいと言ってくれたので一安心。ところで、もう一人のCharlesである、Charles Bordesについても、もう少しいろいろと調べられたらいいな、と思う今日この頃であった。といっても、ほとんど資料はないんだけどね。しかし、一昨年にパリ国立図書館音楽部門のカタログをマイクロフィッシュで買った(同女の図書館に買わせた)のは、今から思えば、いろいろと役に立ちそうである。セヴラックについては、新発見はなかったけれども。ボルドとか、他にもたくさんの資料が埋まっていそうだ。
2011年2月5日土曜日
Catalonia
「カタロニアCatalonia」というのは英語ですね。だから現地語の発音を尊重すると言うのであれば、「カタルーニャ」というのがよいのでしょう。(しかし、そうなるとドイツなどは「ドイッチュランド」か?スイスだとますますわからなくなるな。何ヶ国語もあるから。)
2011年2月3日木曜日
カタルーニャの歴史
M・ジンマーマン/M=C・ジンマーマン『カタルーニャの歴史と文化』(クセジュ)読了。音楽についてはほとんど言及なし。しかし、全体的な文脈を手に入れることができる。カタルーニャ語を大事にしなければ、ということで、フェデリコ・モンポウは間違いで、「フラダリック」・モンポウとなるようです。パブロ・カザルスは、「パウ」・カザルスだし、ジョルディ・サヴァル(前出!)はジョルディ・「サバイ」となるようですな。訳者の田澤耕という人は法政大学の教授のようだが、日本で唯一のカタルーニャ専門家なのだろうか?また、今まで「カタロニア」とぼくなどは言って来たけれど、これはスペイン語(カスティーリャ語)ですかね?フランス語は「カタローニュ」la Catalogne だな……。
2011年2月2日水曜日
岩波文庫
ちなみに今日買った岩波文庫は、伴蒿蹊『近世畸人伝』(柿沼さんの本を読んだ時に思い出して、もう一度読みたくなったが、これもまた恐らくモンペリエの屋根裏に埋もれている)、竹内玄玄一『俳家奇人伝・続俳家奇人伝』、齋藤月岑『声曲類纂』(これも持っていたはずなのだが……)、ルナン『イエス伝』の4冊。
2011年1月31日月曜日
エゾテリスム思想
アントワーヌ・フェーヴル『エゾテリスム思想』(白水社、文庫クセジュ)読了。音楽と神秘思想との関係は常に気になるところ。ヒルデガルト・フォン・ビンゲン、アタナシウス・キルヒャー、色彩ピアノ(以上2点は大里さんも言及)、ファーブル・ドリヴェ、モーツァルト、ユスティヌス・ケルナー(シューマンの詩人)、サン=ティーヴ・ダルヴェードル、ジョゼファン・ペラダン(薔薇十字)、サティ、イェイツ(グレインジャー)、ユーゴー、ヴァーグナー、スクリャービン、そしてグルジェフ(これもハルトマンとの絡みで大里さんは言及していたはず)。彼らが歴史的・文脈的にきちんと整理されて記述されている。
2011年1月30日日曜日
ミュソーを見つけた
大里俊晴『マイナー音楽のために』の中に Michel Musseau についての言及があるはずだと書きましたが、見つけました。フェラーリとかドラム・ミュジカル・アンスタンタネと関係ある場所、などと思い込んでいましたが、これはぼくがもともと彼について持っていた知識がクロスオーバーしたようです。当該書物をお持ちの方は、370頁をお開けください。ジャック・リヴェット監督の音楽映画にジョルディ・サヴァルが音楽を書いたという話でした。その文脈で古楽アンサンブルのアンサンブル・クレマン・ジャヌカンがミュソーの「ドタバタ音楽劇」を演じた、というエピソードが挙げられているのでした。そこでドミニック・ヴィスが素晴らしかった、と。
東山魁夷
東山魁夷……、それと同じように平山郁夫。何でいつも彼らばかりが、メディアに取り上げられるのだろう?ふと、学生時代に芳賀徹先生が「東山魁夷なんて……」と軽侮の言葉を発しておられたのと、その後友人になった山田広昭氏のおばあさん(ええと、だから柄谷行人のお母さんにあたるのかな?)が東山魁夷の熱烈なファンでけっこうなコレクションをしておられたのを同時に思い出したのだった。
2011年1月29日土曜日
2011年1月28日金曜日
Michel Musseau
今日研究室のその時に貰ったCDを確認したら、Michel Musseau でした。だからミュゾーというのはぼくの勘違いです。つまりは、大里さんが見たというのはこの人ですね。確かにこの人めちゃくちゃ面白いです。奥さん(?)が Claire Jequier という中世音楽研究家です。La folie, un péché médiéval という本を貰った。
2011年1月26日水曜日
想像の共同体
ベネディクト・アンダーソン『定本・想像の共同体』読了。ヨーロッパのナショナリズムを強烈に相対化してくれる、刺激的な書物である。音楽についても少々触れらている。これからものする紀要原稿に生きて来るか………?
大里俊晴
大里俊晴『マイナー音楽のために』ほぼ読了(というのは、マンガについてとジャズ評論については、全く興味がないので読まなかったからだが)。中に二カ所だけ私自身への遠回しの言及があったので、何となく嬉しくなりました。どちらも翻訳に関してのもので、一つはデリダのオーネット・コールマンについての文章、もう一つはリュック・フェラーリについての本。このそれぞれが「適切な訳者を得て翻訳される」というように書かれているのでした。Et c'est moi...
Lucie Rie
中之島の大阪市立東洋陶磁美術館にルーシー・リー展を見に行く。彼女の小さい作品にはかなり惹かれるが、その他はまあまあという感じか。ハンス・コパーの作品も興味深いが今回は展示はなし。彼らの書簡が展示されていたが、彼ら二人とも母国語はドイツ語のはずなのになぜ英語で手紙を書き合っていたのだろう?とても不思議。ルーシーの従兄弟からの手紙というものもあったが、これも英語だった。なぜ?
その後、堂島川べりを歩いていると「凍えたカモメ」に出会った。写真は後ほど。
そして、北新地を通って、タワーレコードで、いろいろ物色。実はササヤ書店やらその下の世界堂(だっけ?)にも行ったがまだ閉まっていた。この辺は11時開店というのが多いようだ。さて、収穫はと言えば、リゲティ作品集、シュッツ作品集(どちらも4、5枚組で2000円台!)、そしてブランカフォルトのピアノ作品集。
その後、堂島川べりを歩いていると「凍えたカモメ」に出会った。写真は後ほど。
そして、北新地を通って、タワーレコードで、いろいろ物色。実はササヤ書店やらその下の世界堂(だっけ?)にも行ったがまだ閉まっていた。この辺は11時開店というのが多いようだ。さて、収穫はと言えば、リゲティ作品集、シュッツ作品集(どちらも4、5枚組で2000円台!)、そしてブランカフォルトのピアノ作品集。
2011年1月22日土曜日
モンポウ
大里さんがモンポウについて書いている文章を読んで、これがぼくがフランスから帰った後の体験だと気付いた。そしてそこには「それまで名前も知らなかった」と書かれてあるので、しかし、ぼくたちの間の会話では必ずモンポウの名前は出ていたはずだから、これは彼一流の韜晦で、ただもしも本当に彼がそれまでにその名前を知らなかったとしたら、これはもしかしたら「唯一」ぼくが大里さんに教えることのできた音楽かも知れない、と思った。そう考えて、ではぼく自身がいつにモンポウの名前を知ったのか記憶を辿ると、一番古い記憶にテレサ・ベルガンサの歌う歌曲《夢の戦い》からの二曲がある。このCDをいつ手に入れたか?そう、これはLPではなく、最初からCDだった。すると恐らくぼくが、パリである日本人メゾソプラノに熱を上げていた頃が一番可能性がある。その頃にホセ・カレーラスのスペイン歌曲集を買った覚えははっきりあるからだ。だからまさしく大里さんとよく会っていた時期にも当たる。ぼくがモンポウのピアノ曲についてよく知るようになるのは、東大の助手時代にサラベール社から出たばかりの『モンポウ、ピアノ曲集』を公費で駒場の図書館に入れた頃からである。だからその頃には、大里さんとはもう会わなくなっていた。つまり、ぼくからの大里さんへのモンポウ情報はまず歌曲であり、彼はそのことをすぐ忘れてしまったのかもしれない。でも名前だけはかすかに覚えていて、ピアノ曲自作自演の古LPを買ったのではないか?
ロロスリ
『ロロスリ新聞』が送られて来た。やはり面白い。ちなみに「ロロスリ」とは「ロックンロールストーブリーグ」の略です。ロック漫筆家、安田謙一と漫画雑誌に書かない漫画家、辻井タカヒロの二人による名著が『ロロスリ』です。しかし、これも村上君に教えてもらわなければ、永久に知らないでしまったものだろう、と思うと「イチゴイチエ」と言うか不思議な気がします。
2011年1月21日金曜日
マイナー音楽のために
細川周平さんから大里俊晴『マイナー音楽のために』を送って頂く。これほど分厚い書籍だとは知らなかった。懐かしい名前がいっぱい目次に出ている。しかしまあ、「こだわりの人」だったよなあ……。
2011年1月20日木曜日
2011年1月19日水曜日
Ricardo Reis
Je veux ignoré, et tranquille
D'être ignoré, et tout à moi
D'être tranquille, emplir mes jours
De ne plus rien exiger d'eux.
Ceux que la richesse caresse,
Bientôt l'or irrite leur peau.
Ceux sur qui la renommée souffle,
Leur vie se voile de buées.
Ceux sur qui, soleil, le bonheur
Brille, sur eux viendra la nuit.
Mais pour celui qui rien n'espère,
Tout ce qui vient est un bienfait.
D'être ignoré, et tout à moi
D'être tranquille, emplir mes jours
De ne plus rien exiger d'eux.
Ceux que la richesse caresse,
Bientôt l'or irrite leur peau.
Ceux sur qui la renommée souffle,
Leur vie se voile de buées.
Ceux sur qui, soleil, le bonheur
Brille, sur eux viendra la nuit.
Mais pour celui qui rien n'espère,
Tout ce qui vient est un bienfait.
2011年1月18日火曜日
2011年1月17日月曜日
2011年1月16日日曜日
ヒュペーリオン
『ヒュペーリオン』を読んでいたら、ディオティマが「高音と低音の間の黄金の中間で歌う」と書かれているのに出くわした。まさしく、シューマンの《暁の歌》Gesänge der Frühe はディオティマがテーマとなっていて、特にその第一曲は高くもなく低くもない中音域の音楽である。
2011年1月15日土曜日
アメリカ実験音楽
柿沼敏江『アメリカ実験音楽は民族音楽だった』読了。パーシー・グレインジャーについて知りたくて、読んだのだったが、他の人たちについてもいろいろと教えられるところが多く、面白かった。しかし「ヴァーナキュラー」という用語は日本語になっているのだろうか。また「民族音楽」というもののはっきりした定義がないので、「?」という感じがしなくもない。こういう幾人かの人々の短い評伝を積み重ねる本は、『近世畸人伝』をはじめ、とりあえずは大変に面白く読めるし、それほど深みはないにしても、個人的には結構好きです。
ヨーロッパ
ヨーロッパ諸国を三つに分類する仕方をどこで見たのか忘れてしまった。今やっと少し思い出したところによると、恐らくそれは伊東さんの書いたもののどこか、なのだが……。(最初はダールハウスだと思い込んでいたが、これは間違いだろう。)
細川周平さん
細川周平さんから『狂気の西洋音楽史』読後感想手紙で到着(前便は「読前感想」[?]であった)。ただの「現代音楽専門家」かと思ったら、そうではなくてきちんと「西洋音楽史」全体を見渡せている、と大変に誉めてもらっているので、面映いばかりである。しかし、ラカンの部分はいただけない、と。確かにこれはなかば「宿題」のようにして入れた感もあり。これから読む人には飛ばしてもらってもいいような気もする。
2011年1月14日金曜日
Blanche Selva
Jean-Marc Warszawski (dir.), Blanche Selva : Naissance d'un piano moderne, Symétrie, 2010 を読了。あまり新しい発見はなかったけれども、やはり彼女はどうしてもスペイン(カタロニア)ではなく、フランスのピアニストであるという印象。特に彼女と専属譜めくり人(?)ルネ・ド・カステラとの交友が興味深い。ルーセルも。後二者についてこれから調べてみよう。
2011年1月10日月曜日
2011年1月9日日曜日
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