ジャチント・シェルシGiacinto Scelsi《4つの挿絵 4 Illustrations sur la Métamorphose de Vishnou》(「挿絵」ではなくて「説明」かな?)、フランコ・ドナトーニFranco Donatoni《フランソワーズ変奏曲 Françoise-Variationen》、モーリス・オアナMaurice Ohana《自由な対位法のための練習曲Etude pour les contrepoints libres》(ジェイのために)、マグヌス・リンドベルイMagnus Lindberg《練習曲Etude pour piano》(ジェイのために)、ジョン・アダムスJohn Adams《フリギアン・ゲイツPhrygian Gates》、コリン・マクフィーColin McPhee《2台のピアノのためのバリの儀式音楽Balinese Ceremonial Music for 2 pianos》、プーランクFrancis Poulenc《2台のピアノのためのソナタSonate pour 2 pianos》。もう一台は谷口敦子さんでした。奈良ゆみさん、海老坂先生、細川周平さん、筒井はる香さんなどとお会いした。ジェイが話してくれたオアナについての逸話をどうしても思い出せない。確か、誰か作曲家を大変に誉めていたということだったような気がするが。それに対して、リゲティが最晩年にパリの11区に住みたがっていた、というのは覚えている。あと、ナディア・ブーランジェがあらゆる音楽を暗譜していた、というのも。
Maurice Ravel par quelques-uns de ses familiers, Éditions du Tambourinaire, Paris, 1939. と塚原史『ダダ・シュルレアリスムの時代』(ちくま学芸文庫)を読んだ。Lucien Goldmann, Le Dieu caché, Gallimard (coll. Tel), 1959. は、再読と言えば再読なのだが、またずっと読んで、ちょっとほったらかしにしていた。あとラシーヌの部分のみ。塚原先生には大里さんと一緒にパリでお世話になった。ゴールドマンは、ロシェ先生のテキストだった。ラヴェルについての本は、ヴュイエルモーズが面白いことを言っていて、これは今度の1月の講演でのお楽しみ。
Évelyne Gayou, Le GRM : Le Groupe de Recherches Musicales : Cinquante ans d'histoire, Paris, Fayard, 2007. いちおう読んだ。前半の具体的な歴史の部分はすごく面白かったが、後半の「概念的」な部分、特に電子音響音楽の「記譜」についての部分はつまらないのですっとばした。これって、創始者のピエール・シェフェールの悪影響じゃないの、とも思ってしまう。シェフェールのいうミュジック・コンクレートのソルフェージュって、余りに抽象的すぎて、誰も見向きもしないもの。
ヴァレリー・ラルボーとの出会いは、学部生のときに、西村靖敬先生(当時はフランス科の助手だった、いやその前か)の授業で Enfantines を読んだのが最初だった。その後、まったく忘れていたが、リカルド・ビニェスのことを調べていて、彼らがけっこう付き合っていたのを発見したのが、ラルボーとの再会と言える。ラルボーは一時期、長い間スペインに住んでいたのだった。また、カルディナル=ルモワーヌにも住んでいたと聞いて、また親近感が湧いた。ぼくはその近所のゴブランに住んでいたから。カルディナル=ルモワーヌには、École des Hautes Études の図書館があって、誰でも利用できたので、そこでパソコンを持って行って、翻訳などをしていた。その上、ラルボーの父親が薬剤師で、ヴィシー水、正確には Saint-Yorre を発見した、それで莫大な財を成した、というのも、ぼくはよくカフェで「Un quart de Vichy」と頼んでいたので(胃腸にいいと聞いていたので)、別の意味で親近感が……。
Hector Berlioz, Mémoires 1 & 2, Chronologie et introduction par Pierre Citron, Paris, Garnier-Flammarion, 1969. を読んだ。自作を上演する苦労はいつの時代も一緒。読みながら、アラン・ゴーサン氏の嘆きを思い出した。あと、同感だったのが、パリの家の10軒に1軒にしか本棚がない、ということ。パリに住んでいたときに、本が全く一冊もないという家庭があって、びっくりしたことを思い出した。(思い出すことが多いね。)一番最後にあった言葉「L'amour et la musique, ce sont les deux ailes de l'âme.」(愛と音楽は、魂の二つの翼だ。)というのはいい言葉だ。
フェニックスホールに「フランス音楽の名手たち、京都フランス音楽アカデミー、過去・現在・未来」を聴きに行った。プリュデルマシェル(プログラムには「プルーデルマッハー」とあった)のソロでラヴェル《ソナチネ》、ガゾー・パスキエ・ヴィリアンクールでフランセ《トリオ》、またプリュデルマシェルでドビュッシー《エチュード第2集》、休憩を挟んで、ヴァイオリンに石上真由子と森悠子を加えショーソン《協奏曲》。プリュデルマシェルは在仏時にアルモニア・ムンディのCDをよく聴いた覚えがあるが、ときおり素晴らしい音色を聴かせてくれるけれども、テクニック的にはやはりイマイチ、か。フランセは駄作。こんな曲を選んだのはなぜか、考えたけれども、三人で「この組み合わせのいい曲はないかな、ああ、そうそうフランセにあったな、大した曲じゃないけど、まあ軽くて楽しいじゃないか、日本でやるならこんなもので十分だろう」というノリで決めた気がする。一番よかったのが日本人二人が参加したショーソン。それでも、アンサンブルの練習不足は目をおおうべくもない。石上さんはいい音色をしている。休憩時にコーヒーを飲んでいたら、とても痩せた浅田彰氏を見かけた。帰りがけに北新地の古レコード屋さんで、「Spanish Music of Travel and Discovery」(1492年前後のスペインの音楽シーンを再現しているvirginからの一枚)とカザルス・アルバム10枚組を買う。どちらも1000円!
Roland-Manuel, Manuel de Falla, Édition des "Cahiers d'Art", 1930 (reprint : Éditions d'aujourd'hui, 1977). 芳賀日出男『日本の民俗:暮らしと生業』(角川ソフィア文庫)を読んだ。ラヴェルがファリャの《チェンバロ協奏曲》の第二楽章を絶賛していた、ということを知った。
Alfred Bruneau, un compositeur au cœur de la bataille naturaliste : Lettres à Étienne Destranges Paris-Nantes, 1891 - 1915, présentées et annotées par Jean-Christophe Branger, Champion, 2003. 読了。自然主義のオペラ作家としての活動は、やはり他の作曲家とはちょっと異なっている風だ。「シックなやつらと戦う」という彼の言葉は、この間まで読んでいたパリの貴族などのメセナのサークルを思い起こすと興味深い。あと、セヴラックのオペラ《風車の心》が「言っていたように10回以上は公演が続かなかった」と言うのも。
グノーによるサン=サーンスについての講義を受けている夢を見た。実はサン=サーンスは写真をたくさん撮っていた、と言って細かなデータを黒板に書くのだが、グノー先生は AV 機器を駆使して黒板に投影するので、読みにくくて仕方がない。一生懸命ノートに書き写すのだが、そのノートの残りの部分が娘のいたずら書きで埋まっていて、白い部分がない。新しいノートを買わなければ、と思っているが、先生はそんなぼくの反応をさかんにうかがうのであった。
Myriam Chimènes, Mécènes et musiciens : Du salon au concert à Paris sous la IIIe République, Fayard, 2004. と平井玄『引き裂かれた声 ― もうひとつの20世紀音楽史』(毎日新聞社)を読んだ。前者に関しては、モンポウのパリでの交友関係が一部判明、彼の手紙の解読に役に立つ。それと依頼原稿のための資料ということ。後者は一度読んだような気もするが、もう一度。ベンヤミンのラジオ、アンソニー・ブラクストンの位置について。(今度そのメソッドで同女で公開講座をしてもらうし。)