ヴァレリー・ラルボー『A・O・バルナブース全集』上下(岩崎力訳、岩波文庫)を読んだ。最初は単なる金持ちの道楽と見えた。特に詩の部分。はいはい、いろんなところに行ってよござんしたね、という感じ。そこに行ったことのない人間には、どうも想像力を刺激しにくい。これは翻訳ということもあるだろう(岩崎先生ごめんなさい)。フランス語では違ったかも知れない。しかし、散文、特に日記の部分はだんだんと引き込まれて行った。さまざまな仕掛けがある。これが「真実」と思われるような部分があり、それが別にその場所に行ったことがなくても、そういう経験をしたことがなくても、そうなのだ。作家、あるいは一般に芸術家が、独自の「世界」を作る(「世界観」じゃないよ)というのは、その辺の機微を指している。芸術は第二の人生だ。(そこで、問題になるのが、例えば電子音響音楽のような、現実とは何の関係もない芸術だけれど。)ラルボーは読ませる。これを高く評価するかどうかは別だが。でも、彼の後半生を知るとまた話は別で、またいろいろと考えさせられる。死没までの22年間、車椅子生活で、話せる言葉と言ったら「こんばんは、この世のことは」だけだったというのは……。
ところで「福寿」は、やはり美味しいお酒ですな……。