2021年4月2日金曜日

六甲山上夜

 六甲山上夜。


2020年2月24日月曜日

フランスで講演をします2

追加情報です。パリ郊外のシャンピニーでも。


フランスで講演をします

以下のようにフランスで一連の講演をします。コンサートは奈良ゆみさん&モニック・ブーヴェさんで、日本の女性作曲家達の作品です。お近くの方はぜひお出で下さい。


2020年1月25日土曜日

ゆみさんの《ピエロ》

というわけで、1月18日に大阪はモーツァルトサロンにて、奈良ゆみさんのソプラノ、谷口敦子さんのピアノ、その他の器楽伴奏で、シェーンベルク《月に憑かれたピエロ》と《ブレットル・リーダー》を聴いたのの感想を書く。
実を言うと、昨年には京都のゲーテ・インスティテュートでやはり同じ曲を聴いていた。こちらは九条山アンサンブルの演奏で。どちらも素晴らしかった。しかし比較してみると、ゆみさんの《ピエロ》の方がより後期ロマン派の香りを漂わせていた。《ピエロ》というと「現代音楽の始まり」的な、「無味乾燥な無調音楽」のような印象で構えてきかれがちなので、そう言う意味では「現代音楽」的な響きは九条山アンサンブルの方にあり、それと比べてゆみさん《ピエロ》は、マーラーの衣鉢を継ぐシェーンベルク、《浄められた夜》からの流れを実感できたのだった。
そのような意味で、普通はポピュラーに近い、キャバレーソングの《ブレットル・リーダー》の方が聴き易いと思われるのだが、実際には、その晩には、こちらの方がむしろ「難しい」音楽であった。というのも、もちろん調性音楽という意味ではその和声は耳に快いかもしれないが、世紀末ベルリンのキャバレーソングの「文法」については我々は殆ど無知であり、なぜこの曲で、この歌詞で、この音楽なのかというのがそれほどしっくり腑に落ちるものではないのだ。
《ピエロ》はロマン主義の音楽であると言っても過言ではないだろう、少なくともそのような意味で、こちらの方が我々にはしっくりと来たのだった。演奏者の「若さ」?そうかも知れない。しかし、それは単に若い演奏者が「現代音楽」に慣れていない(良い意味で)、というだけのことではなく、素直な演奏がシェーンベルクの音楽の今まで隠されていた側面を我々に聴かせてくれた、ということなのではないか。彼自身がブラームスの伝統を継いでいると語っていることを思い出そう。

2020年1月16日木曜日

日本音楽学会西日本支部例会(2月1日)

来る2月1日(土)同志社女子大学今出川キャンパスで日本音楽学会西日本支部例会が行われます。内容は先日の日本音楽学会全国大会でのリュック・フェラーリ・シンポジウムの続きです。登壇者もまったく同じです。例会は予約不要、入場無料、気が向いたらふらっときてください。

2020年1月1日水曜日

謹賀新年

新年明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い致します。
4女あゆみ画伯作新年ねずみ像です。

2019年12月17日火曜日

拙著『デオダ・ド・セヴラック』についてのアマゾン評

拙著『デオダ・ド・セヴラック』についてのアマゾン評(以下にスクショを載せます)を目にして驚いた。でも良く考えてみると、これは私の書き方が余りに自分の経験を嬉しげに書いたものだったので、この批評子に「ひけらかし」と思わせるような羨望を催させたのだと思った。そして吉田秀和さんが評価してくださったのも、その「嬉しさ」「楽しさ」だったとも思う。ある意味で私の「喜び」が、悪意のある読者にも吉田秀和氏にも、そのまま伝わったわけだから、私の書き方は成功だったのだ。
またフランス語が読めれば十分というのもこの批評子の言うことは正しい。セヴラック関連の文献資料を十分に読んでいただければ、私の経験以外の情報は伝わると思う。そしてそのことは森鴎外の史伝についても同じで、渋江抽斎関連の資料を十分に読みこなせれば、森鴎外史伝の伝えるそれらの情報を得ることは可能である。
ここで鴎外について言及したのは、私が後書きには書いたのだが、批評子もそして吉田秀和氏も気付かなかったモデルの問題があるのであるが、これは謎解きの楽しみにとっておいてください。