過日、上シンポジウムを聞きに行った。それぞれの発表者の方の内容はいずれもとても刺激的な内容であった。新しく学ぶことも多く、またいろいろと考えさせられた。発表後に質問もさせていただいたが、時間の制約によって言い尽くせないことも多い。ここに少々それについて書く。
まず大出敦先生のクローデルサウンドスケープについての発表。チェエンバレンの西洋的立場の固持からの日本音楽への無理解とハーンの日本音楽に対する共感的理解という対照は、いかにも「我が意を得たり」という感じである。しかしそこから日本音楽を「経験的な音楽」とし、本居宣長などを援用なさるが、翻って考えてみるに、「西洋」対「日本」すなわち「理知」対「感情あるいは経験」と簡単に言えるのかどうか。日本音楽もそれなりに「理知的」であるとも言える。ただ西洋音楽のような「表現」方法をとらないだけなのではないか。
安川智子先生の発表については、新たに学ぶことが多く、大変に有益であった。ヴァグネリスムとジャポニスムを、ジュディット・ゴーティエを介して架橋するのは達見と思う。ただ、この二つは単純に等号で結ぶことは難しいと感じる。もともとの射程の深さから言ってもそうだし、その影響力の到達度(地理的・歴史的範囲、音楽システムへの浸透度)も格段にヴァグネリスムの方が上だ。当日も少々述べたが、ジャポニスムはむしろフォルクロリスムあるいはレジョナリスムなどと合わせて論じる方が実のある議論が生まれる気がする(ダンディ、セヴラックひいてはストラヴンスキーやバルトークまで)。すなわち「前衛性」のプレテクストとしての「民族性」。
小泉順也先生の発表では、オリヴィエ・メトラのバレエ《イエッダ》の振付師が、ルイ=アレクサンドル・メラントであり、これが、誰あろう、あのドガの絵に登場するオペラ座バレエの先生であることを学んだ。その指導の退屈さによって、若きバレリーナたちが、あくびをしたり、背中を掻いたりしているのが活写されていたが、ドガはこれによってメラントの旧弊さ・保守性を暴露していると言えないだろうか。
最後の山田小夜歌先生。1885年の《ミカド》の影響力の大きさを感じさせられた。そしてそのまっただなかに、あの《日本風マズルカ「ムスメ」》を書いたルイ・ガンヌのバレエ《日本にて》が、フランスではなく、まずロンドンの多目的(すなわち教養階級向きでもあり、労働者階級向きでもある)劇場のアルハンブラ劇場で上演されたという事実。私が共同指導教官となっている、リヨン第2大学博士課程の学生の博士論文がまさに、そのような「日本女性のイメージ」を扱っているので、ここに結びついた次第である。
その後、安川さんには、私が修士論文(なんと40年前!)のバイプロダクトとして岩波の叢書から出版した論文「近代西欧音楽におけるエグゾティスムの諸相」を読んでもらったが、本シンポジウムと関連する論題が多く扱われていると言ってもらい、想いを共有できた感でなんとなく嬉しくなったのであった。
