2011年12月29日木曜日
明治の音
内藤高『明治の音』(中公新書)読了。下駄の音と日本家屋の音響浸透性については、すっかり失念していた。よく考えると建築家たちだって、居住空間の音響についてはきっと何か考えているのだろうが、よく知られていない気がする。しかし、これは重要ですぜ、ぼくにとってはほとんど最重要だ(パリのアパルトマンでは常に騒音に悩まされていた)。それと、ラフカディオ・ハーンが、ロンドンで聴いた一少女の「おやすみなさい」の「声」に対して持つ「不可思議な喜びと痛みの交錯した二重のおののき」。「たった一度耳にしただけの声がこれほど魅力的にひびくのは、そこに幾千万の忘れられた人生の記憶が重なり合っているからだ」(138頁)。まさしくそのとおりだ!