2010年10月31日日曜日

マドレーヌ

芦屋マドレーヌなるものが、駅前いかりスーパーで売られていたらしい。家のすぐ裏の岩園のいかりの姿そのものなので、ちょっと面白かったのでした。(味はフトゥー。)

2010年10月29日金曜日

中東欧音楽

伊東さんの『中東欧音楽の回路』読了。読後不満感残ったが、それは著者その人が最初から意図したものだったらしい。いわく「ここには結論がない」。いわば経過報告なのでしょう。

2010年10月28日木曜日

しかし

よく考えると、妄想と実証的学問とどちらがより真実だろうか?実証性とはある種の妄想ではないか?妄想とは、少なくとも妄想している人物にとっては、実証性(ポジティヴィテ)のあるものではないか?

細川周平さん

それに関連して。周平さんは、音楽記号学などの抽象的思考ではなく、実証的学問を目指すと言う。その方がよいのだ、と。彼の最近の日本ポピュラー音楽史はその一端である。かくいう私も、『セヴラック伝』でそれを見習ったつもり。

妄想

表紙と『思想』論文ゲラが到着。しかし、ぼくの書いたものが全て妄想だったとしたら?(そしてほぼそう思っているが。)それでもなお「シューマンと宗教」のことなど考えるのはなぜか?つまりは、やっと一段落したので互さんの本や伊東さんの本を読んでいる影響だ。

2010年10月26日火曜日

シューマンと宗教

シューマンはいつも黒ずくめの服を来ていたので(まるで大里さんだ!)、しばしば聖職者と間違われたそうだ。デュッセルドルフで彼は「カトリック圏のプロテスタント」という状態だったらしい。しかし、そこで《ミサ曲》と《レクイエム》を書いている。これはなにか?そしてまた、ドレスデンにいたシュレーバーの妄想の中には、しばしばカトリック関係のものが登場する。しかし、彼自身はプロテスタントで、これは「カトリックの陰謀」のような形の妄想だ。この辺りはなかなか日本にいてはよくわからない。しかし、要考究である。さらに考えてみると、ライプツィヒだって、たとえばバッハは《ロ短調ミサ》を書いているぞ。うーむ……。小林義武先生の『バッハ復活』を読み直さねば……、と思ったら、この本はパリだかモンペリエだかのどこかで行方不明になっているのだった。困ったもんだ……。

2010年10月24日日曜日

Guillot 先生からの手紙

Pierre Guillot 先生からの返信が届いた。Nouvelle Revue d'Esthétique に載った論文と共に近況を知らせたのだったが、セヴラック歌曲を録音したことを書いたら、「Après Gabriel Bacquier, François LeRoux, votre version, je n'en doute pas, sera la référence.」と書いてくれたのが嬉しかった。そして、最後に「Vos nouvelles me font toujours plaisir. Alors, si vous avez le temps, n'en soyez pas avare.」というのも。(しかし、論文そのものには、多少懐疑的ではあったようだ。つまりは、音楽では「言語的に」 ― 彼の言うのは、「音楽言語」的にという意味だが ― 狂的であったのは、モンテヴェルディに始まる、いわゆる「大音楽家」たち全員である、という意見である。)

ウッディ・アレン

ウッディ・アレンと言えば、もう一つよく思い出すのは、「ヴァーグナーを聴くと、ポーランドに攻め入りたくなってくる」という台詞。何の映画だったかは、思い出せない。(前のも。)

アスピリン

アスピリンを飲むといつも思い出すのは、ウッディ・アレンが言っていた「私はアスピリン中毒だ」という言葉である。

2010年10月23日土曜日

校了

『狂気の西洋音楽史』来週で校了とのこと。嬉しいと同時に、何となく寂しい感じもある。表紙をまだ見ていないので、ちょっと心配。

2010年10月22日金曜日

バジル

ベランダのバジル。花咲いていますが、いつもはまめに摘んでいます。(その度ごとにまあ、いい香りだこと!)しかし、バジルは越冬できるのだろうか?

2010年10月21日木曜日

シューマンの日記

昨日、シューマン夫妻の日記読了 (Robert et Clara Schumann, Journal intime, Buchet/Chatel, Paris, 2009)。フランス語訳で、かなり編集されている。しかし、手軽に、この原文では膨大な資料を知ることができる。日本語でこのようなものがないのは何故?(しかし、フランス語の「livre de raison」というのは、ドイツ語では何なのだろう?)

2010年10月17日日曜日

目玉のお菓子

目玉の親父の和菓子。芦屋の「あおやま」という店のものらしい。ここまでブームは来たか……。

ハーブ園3

室外では、さまざまなハーブが生い茂っていて、さながら香りの楽園である。ちょうど今の時期には幾種類ものセージの花が咲いていた。香りと色とで実に気持ちがいい。


ハーブ園2

その枝先は二階にまで伸び広がり、こちらの写真がその二階通路の部分。

ハーブ園

神戸布引ハーブ園に行って来た。そこの温室で見つけたのは、超巨大な夜来香であった!(そこの表示には「夜来木」と書いてあったが……。)これはその根元。

2010年10月15日金曜日

Daniel Charles

研究室を整理していたら、こんな写真が出て来た。
これは、ダニエル・シャルルが日本に来た時に、一緒に銀座のヤマハに行った時の写真である。もう20年前くらいになるだろうか。そして、なんと、この写真を撮ったのは大里さんである。この時に、DCがシベリウスについての英語の本を買っていたのを見て、大里さんとなんでこんな時代遅れの作曲家の本を?と訊いたら、シベリウスこそ今、新しいのだ、というようなことを言っていて、なるほど、と思ったりしたのだった。この時は、彼は国立音大で講演をして、その通訳が庄野進さんで、途中で(ちょうど「ストラトス」についての彼一流のシャレを言っていた)訳がわからなくなって、客席に助けを求めたりしていた。よっぽど何か言おうかと思ったが、当時はシャイだったのでそんなことできなかった。この銀座散歩のときは、大里さんとぼくがお供をして、ちょっと小腹がすいたとか言って、銀座の喫茶店(中村屋パーラー?)で、赤ワイン一本と少々のチーズを全部たいらげてしまっていたのには、大里さんと一緒に、驚いた覚えがある。

2010年10月14日木曜日

忘れ得ぬ人々

昨年末パリで飛行機に乗れず市内に引き返した時、エールフランスが用意したタクシーの運転手。クリスマス休暇の渋滞に巻き込まれ、よもやま話するうちに意気投合。降りる時には握手までして別れた。彼は今どうしているだろう。メニルモンタンに住んでいて、最高だと言っていたが……。

2010年10月11日月曜日

だんじり

芦屋のだんじりです。子どもと松内公園に遊びに行くと、たまたまそこにやってきました。昨日は、翠ヶ丘町の辺りでだんじりがあったし、今が季節なのですね。

2010年10月10日日曜日

イランイラン

須磨離宮公園に「ローズ・ガーデン」が開設されているときいて行ってみた。しかし、薔薇はまだまだ咲き初めという感じ。でも、植物園の温室に「イランイラン」が咲いていた。匂いに期待したのだが、それほどでもない。これも夜来香と同様、夜に匂うのだろうか。

2010年10月8日金曜日

ブラームス

『思想』の論文に、その後のブラームスのことを書き忘れた(でもいずれにせよ紙数は足りなかったが)。

2010年10月7日木曜日

脱稿

シューマン論文およそ終わり。単行本の方の校正もほぼ完了。しかし目の具合が悪くなって、医者に行くと高血圧だと。ショック!

2010年10月2日土曜日

夜来香

ゆみさんから貰った沖縄の夜来香が咲いた。とても良いかおり。