2013年1月28日月曜日

星界の音楽

ジョスリン・ゴドウィン『星界の音楽』(斉藤栄一訳、工作社)読了。つまらなかった。神秘主義的音楽の知識の羅列(いや、いちおう整理されているか)に過ぎない。ぼくが知りたいのは、それらが実際の(音楽の)歴史にどのように影響を与えているか、ということだった(あるいは諸説の軽重と言うべきか)。

2013年1月26日土曜日

秋学期授業

秋学期授業、昨日で終了。試験もぼちぼちあり、明日からは(学科は今日ですが)一般前期入試です。それが終了すると、今度は定期試験。レポートもみなければ。

2013年1月24日木曜日

バッハの暗号

ルース・タトロー『バッハの暗号』(森夏樹訳、青土社)読了。最終的に、結局バッハには暗号はない、という結論。もともとのタイトルは「バッハと数アルファベットの謎」というものだったらしいのだから、ちょっと「売らんかな」の日本語タイトルですか。まあ、それはいいとして、結構まともな内容で、当時のバッハを取り巻く環境での「数と文字の遊び」の流行が細かく辿られていて面白かった。また、クリューガー→マッテゾン→バッハという音楽思想の流れは重要であると再確認。マッテゾンの「状況のロクス」(本書では「事情の主題」となっている)の話は、前に「音楽美学」の講義のテクストで使ったエッゲブレヒトの論文に出て来ていてなじみだったので、ここでまた出会うとは奇遇というべきか、当然というべきか。

2013年1月23日水曜日

Louis Laloy, Musique retrouvée

Louis Laloy, Musique retrouvée - 1902-1927, Desclée de Brouwer, 1974. 読了。以前から関係個所を「つまみぐい」はしていたが、きちんと最初から最後まで読んだのは初めて。そこで、以前に述べたドビュッシーとの関係に思い違いが。ラロワはドビュッシーと1889年の万国博(「万博」と書いたら阿部良雄先生に怒られた覚えがあります)には行かなかった。一人で行ったのである。ドビュッシーと友達になるのは結構後のことらしい。「仏陀」のプロジェクトも、彼ではなく、セガーレンだね。しかし、この、ギリシャ・ラテン語はもとより、ロシア語もでき(スコラ・カントルムでダンディの授業中にロシア音楽にあるテクストの翻訳を手伝った)、中国語もでき、数学もでき、アルザス出身なのでもちろんドイツ語もでき、スコラで音楽も学んだ人物。オペラ座の経営陣にも入っていたらしい。そして、そして……何と言っても、セヴラック、ギヨーム・ルクー、フランク、ダンディ、フォーレ(リムスキー=コルサコフまで!)を知り、ドビュッシーの友達で、ストラヴィンスキーも、サティも、コクトーも、オーリックもよく知っていた人物。これはすごいことですね。特に、ドビュッシーとはしょっちゅう会っていて、彼とセヴラック、彼とサティ、彼とストラヴィンスキーなどの交流の場に居合わせているのである。うむむ……。

2013年1月21日月曜日

hoy

スペイン語の「今日 hoy」も気になっていた。というのは、フランス語では「今日」は「aujourd'hui」だから、これは「au + jour + de + hui」なので、「hui の日」ということになる。「hoy」と「hui」とも、どうもラテン語源らしい。ちょっと調べると「hodie」、またその元は「hoc + die」つまり「この日」ということだとわかった。

2013年1月20日日曜日

幼児祝福式その他

昨日は、午前中ヴァイオリン。その後、あゆみをねねちゃんのお誕生会に送った後、三宮そごうで神戸小学校書き初め展(いづみの作品が展示)。地下の凮月堂でお茶の後、帰宅し、ちょっとしてまた、あゆみを今度はお迎えに、と思ったら、何と車のエンジンがかからない!あせりました。何とかねねちゃんのお母さんに近くまで送ってもらったが。しかし、その後もう一度車の調子を見てみると、エンジンがかかる。どうもコンピュータ制御の狂いらしい、うーむ。そして、今日は午前中、教会で幼児祝福式。昼食は六甲荘で。

2013年1月15日火曜日

今日の芦屋川

駅前の郵便局へ行ってから、芦屋川沿いを下って芦屋市役所へ。あゆみの私学進学届けを出すため。市の教育委員会に出すのであった。今時けっこう話題の教育委員会なるものを初めて見ましたが、普通の役所のような感じでしたね。(もちろん、これがその本体ではないでしょうけどね。)行き帰りに芦屋川沿いの風景を。遠くに見える六甲山の頂きのあたりはうっすら白く雪化粧をしている感じ。これは市役所の前あたり。
一時期ぼうぼうだった草むらも刈られて、こんなに滝もよく見えます。
これは市民ホールの前あたりです。