奈良ゆみさんとのCD『永訣の白い響』が完成しました。4月発売です。
https://tower.jp/article/feature_item/2023/03/14/1102
https://honto.jp/netstore/pd-cd_93767015.html
https://diskunion.net/classic/ct/detail/1008641231
https://books.rakuten.co.jp/rb/17475214/
Journal intime (lunatique) de ryosuke shiina
10月17日から21日まで芦屋ルナホール大ホールを借り切って、奈良ゆみさんと新しいCDの録音をしました。来年の3月にはコジマ録音から出ます。タイトルはいまのところ「永訣の白い響」。サティ《ソクラテス》を中心に、シューマンとモンポウの愛と死を歌った作品が並びます。
昨日はポピュラー音楽学会で、細川周平『近代日本の音楽百年』の書評会。本書成立のモチベーションとして、従来の西洋音楽輸入の歴史という「上からの歴史」ではなくて、大衆的な音楽の歴史という「下からの歴史」が必要なのだということで、この会の最終的な結論も「上から」は今まで十分にあったから、これからは「下から」だ、というようなことでまとまっていた。私がそれを聞いて感じたのは、「上から」といっても、歴史に残るような一流の音楽家たちの歴史であって、西洋古典音楽にかかわっていた人たち(聴衆、愛好者、アマチュア、楽譜や雑誌の出版、同好会的なもの、などなど)も多くいたのではないか、ということだった。そしてこれらの歴史はまだないように思う。これらの、すごく「上」でもないが、大衆音楽というような「下」でもない、いわば「中間層」(?)はどうなのだろう?しかし、また考えてみると、近代日本のすべての音楽について調べ上げるということが必要なのかどうか。なんとなく「一番正確な地図は実物代のものだ」というようなパラドックスも思い起こさせる。(忘れないうちに書いておきました。)
前回にグロボワが「頭でっかちの保守派」と書いたが、直後に発表者の森本さんから連絡あり、より詳しいプログラムを知ることができた。それによれば、「六人組」あり、ヒンデミットあり、でまったく「頭でっかちの保守派」ではなく、柔軟な頭で新しい音楽にも接していたらしいことがわかったので、訂正いたします。ただ、レコードになっているものだけがプログラミングされるので、そのあたりのハンディはありますね。
午後の長い時間「上海フランス租界史研究」シンポジウムをズームで聴講したので、背筋を伸ばすために仲の池まで散歩。
サティの言葉を30集めて詳細なコメントを付しました。単におもしろいだけではなく、彼の「真の」(?)すがたが現れてきます。5月刊行予定。