2011年8月30日火曜日

GRM

Evelyne Gayou, GRM : Cinquante ans d'histoire, Fayard, 2007 を Joseph Gibert で買ったので、ちょっと読み始めた。シェフェールの若い頃の貴重な情報があって、それによると何とグルジェフと関係があったという。また Jeune France の活動についても記載が。(まあ私だけが知らなかったのかも知れませんが。)

2011年8月29日月曜日

オクタビオ・パス

オクタビオ・パス『弓と竪琴』(牛島信明訳、岩波文庫)読了。「真の生は、……最も些細なことをも含めて、われわれの行為のすべてに見られる、〈他者性〉のきらめきの認識である。」「われわれの日々の行為によって織りなされた体験である〈他者性〉は、何よりもまず、われわれはわれわれ自身であり続けながら他者であること、またわれわれが今いる場所にいつづけながらも、われわれの真の存在は他の場所にあることの同時認識である。われわれは他の場所なのである。つまりわたしが、今しもここで、これを、あるいはあれをしながら、他の場所にいることを意味する。また、わたしは、常にここであるどこか知らぬ場所で、孤独であり、君と一緒にいる。ここで君と一緒にいるのだ。」(448〜450頁)パスは十字架の聖ヨハネの「沈黙の音楽」の語を引用している。モンポウはパスを読んでいただろうか?

2011年8月27日土曜日

帰国

先ほど帰国。ここ一週間ばかりヨーロッパに行っておりました。詳細は追って御報告いたしましょう(いたさないかもしれませんが……(微笑))。

2011年8月18日木曜日

海浜公園プール3

やはり3もありましたか。昨日です。昨日は村上君も参加。子供スイミング・スクールのようなものがあって、たいそう混んでいました。観覧席は父兄で鈴なり。やれやれ……。

2011年8月17日水曜日

大文字

昨晩は、京都の細川一家と大文字見物。きり子ちゃんが大きくなっていて、びっくり。6年ぶりですから、無理もないですね。うちの子たちとまたすぐ仲良くなったので、よかった。今まで夏はすれちがいだったので、やっと会えたという感じ。

2011年8月15日月曜日

Musica callada

Musica callada の訳は「沈黙の音楽」とか「ひそやかな音楽」とかなっているようだが、スペイン語をかじり始めてどうも「寡黙な音楽」というのがぴったりではないかと思うようになった。Callada というのは、動詞「callar」(黙っている)というのの過去分詞である。そして用例を見ると例えば、「彼は口数が少ない」というのが「Habla poco./Es callado (poco hablador).」であり、ほかにも「物静かな女性」が「mujer callada」、「その子供たちは妙におとなしい」が「Esos niños están demasiado callados.」となっている。つまりは、余りに「雄弁な」例えばヴァーグナーなどの音楽の正反対のイメージであろう。

2011年8月14日日曜日

海浜公園プール2

両親は昼頃の新幹線で帰京。その後も仕方がないので(?)またまた子供たちと海浜公園プールへ。なのでその2。これからもその3、その4がありそうです(苦笑)。せっかくなので(?)写真をとりました。
これは中の観覧席の窓から外のプールを見た図。向こう側に海が見えます。