2023年5月22日月曜日

『永訣の白い響』一友人の感想

 大学時代からの友人がCD『永訣の白い響』の感想を送ってくれた。ヴァイオリン奏者でもあり、音楽を深く聴き込んできた彼の言葉は、わたしたちの表現をとてもよく理解してくれていて、ありがたい。彼から発表の許可をいただいたので、以下にそれを掲載する。

椎名亮輔様 大変ご無沙汰しております。 過日、CD「永訣の白い響」をお送りいただきまして、誠にありがとうございました。まずは、素晴らしい作品の完成、おめでとうございます。そして、相変わらずの素晴らしいピアノに感動しました。 繰り返し繰り返し何度も拝聴してからお礼と感想をお伝えしようと思ったので、随分と時間がかかってしまいました。申し訳ございません。

サティの作品はあまり知られていなものばかりでしたが、「ソクラテスの肖像」の冒頭の厳格なリズムには圧倒されました。5月のゴ-ルデンウイークにバロック・チェロの第一人者である鈴木秀美先生の指揮でベートーヴェンの交響曲第3番「エロイカ」を演奏する機会があったのですが、秀美先生曰く「葬送行進曲は、リズムが厳格に無慈悲に演奏されてこそ深い悲しみが表現できる」とのことでした。CDの解説文中の「冷たく、白く透き通った、淡々として語りしかない」と響き合うものがありました。また高校時代に「饗宴」を読んだことも思い出しました。

モンポウの作品に移ると、サティの厳格なリズムから一転色彩豊かな和声の響きが耳に届きますが、そこは深い悲しみや寂寥感が漂う不思議な世界でした。モーツァルトの作品は長調の部分にこそ深い悲しみが潜んでいると言われますが、モンポウの作品も豊かな色彩に彩られているが故に、白い百合のためいきが感動を生むのかもしれません。「きみのうえに花々だけが」の序奏と間奏のピアノは、このCDの白眉でした。こんなに美しいにもかかわらず、胸を締めつけられるような悲しみと追憶の深淵。何度も繰り返して聴きました。

シューマンは、音楽が形(旋律や和声)になる直前の瞬間の音楽を作品に表現した天才だと私は思っているのですが、今回演奏されている作品群も、そういった彼の稀有の才能が感じられました。始めて耳にする作品ばかりでした。

CDの演奏を通して、和声や音色の変化が変幻自在にピアノで表現されていることに深い感動を覚えました。また、解説文のフランス語訳をお嬢様がなさっているなんて、なんて素敵なことでしょう!

いずれにしても、今回のCDを拝聴した上で、宮沢賢治の「永訣の朝」をあらためて読み直しました。普段の日常生活では遠ざけている「抗しがたい死」に向き合う魂の悲しさに、言葉を失いました。 長文で失礼いたしました。 どうもありがとうございました。



2022年12月3日土曜日

大戦期欧米音楽への新たなまなざし

 明日です。おもしろいものになること間違いなし!



2022年10月28日金曜日

ゆみさんとのCD録音

 10月17日から21日まで芦屋ルナホール大ホールを借り切って、奈良ゆみさんと新しいCDの録音をしました。来年の3月にはコジマ録音から出ます。タイトルはいまのところ「永訣の白い響」。サティ《ソクラテス》を中心に、シューマンとモンポウの愛と死を歌った作品が並びます。













2022年7月11日月曜日

『近代日本の音楽百年』書評会

昨日はポピュラー音楽学会で、細川周平『近代日本の音楽百年』の書評会。本書成立のモチベーションとして、従来の西洋音楽輸入の歴史という「上からの歴史」ではなくて、大衆的な音楽の歴史という「下からの歴史」が必要なのだということで、この会の最終的な結論も「上から」は今まで十分にあったから、これからは「下から」だ、というようなことでまとまっていた。私がそれを聞いて感じたのは、「上から」といっても、歴史に残るような一流の音楽家たちの歴史であって、西洋古典音楽にかかわっていた人たち(聴衆、愛好者、アマチュア、楽譜や雑誌の出版、同好会的なもの、などなど)も多くいたのではないか、ということだった。そしてこれらの歴史はまだないように思う。これらの、すごく「上」でもないが、大衆音楽というような「下」でもない、いわば「中間層」(?)はどうなのだろう?しかし、また考えてみると、近代日本のすべての音楽について調べ上げるということが必要なのかどうか。なんとなく「一番正確な地図は実物代のものだ」というようなパラドックスも思い起こさせる。(忘れないうちに書いておきました。)

2022年4月1日金曜日

シンポジウム「上海フランス租界史研究」承前

 前回にグロボワが「頭でっかちの保守派」と書いたが、直後に発表者の森本さんから連絡あり、より詳しいプログラムを知ることができた。それによれば、「六人組」あり、ヒンデミットあり、でまったく「頭でっかちの保守派」ではなく、柔軟な頭で新しい音楽にも接していたらしいことがわかったので、訂正いたします。ただ、レコードになっているものだけがプログラミングされるので、そのあたりのハンディはありますね。

2022年3月27日日曜日

シンポジウム「上海フランス租界史研究」後に仲の池まで散歩

 午後の長い時間「上海フランス租界史研究」シンポジウムをズームで聴講したので、背筋を伸ばすために仲の池まで散歩。

シンポジウムの感想を忘れないうちに。
シャルル・グロボワがラジオ番組で2時間クラシックを聴かせたという話で、すべてがレコード演奏だったというので、それをどのように調達したのかを質問したけれど、シベリア鉄道経由で苦労して入手とか、上海地域のレコード所有者に呼びかけたとのこと。しかし、その曲目選択にはグロボワの趣味が強く反映されていたのでしょうね、とても保守的でした。20年代、30年代は「六人組」全盛期だけれど、ひとつもなかったし。もちろん「新ウィーン楽派」などない(レコードがなかったかもしれないが)。ヒンデミットもない。でもソヴィエト作曲家がいるのが不思議。収集されたレコードはどうなったのだろう。図書が日本の日仏に来た話はあったが。
グロボワがスコラ・カントルム出身というのも興味深い。ヴァンサン・ダンディゆずりの頭でっかち、保守派というのはここから来ていそう。同時にルーセルのような非ヨーロッパ文化へのまなざしも影響があるか。
上海関連では、ぼくの頭にはすぐに富永太郎が浮かぶ。当時はたしかに日本人にとって「すぐそばのパリ」だった。しかし、彼が上海にわたってどうやって生きていこうとしたかというと、「日本人にフランス語を教える」だったのが興味深い。
もうひとつはフランスで有名ピアニストだったYoura Gullerが戦中・戦後の混乱期に上海に数年生きていたという話。これは証拠はないようだ。彼女の場合は、ユダヤ系なので、どこのコミュニティにいたのか興味深いところだ。