2010年1月25日月曜日

ダニエル・シャルル

フランスに行く前にクリストフに頼まれていた、Revue d'Esthétique のダニエル・シャルル追悼号への寄稿をすっかり忘れていて、1月になって彼から催促が来て思い出し、一所懸命に書いてやっと先ほど終わった。要はパリ第8大学で講義に使おうと思っていた「狂気の西洋音楽史序説」を流用したのであった。(いい考えでしょ?)いちおう、メモ書き程度にフランス語で用意しておいたので、何とか間に合ったという感じか。編集はアンヌ・コクランさんがやっているらしく、彼女宛に送ったのであった。いやはや、忙しかった。今年中には PUF から出版されるそうな。

2010年1月11日月曜日

仰臥漫録

子規の『仰臥漫録』を読んでいたら、移竹の「霧ながら大きな町に出にけり」という句を二度にわたって誉めていて、「(こ)の如き趣に至つてはかへつて解せざる者多し/この頃の若い人は歩行く旅行の趣を解せず」とあった。これもまた Poétique du déplacement (移動の詩学)とも言えるであろう。ということはこれはけっこう普遍的なものでもあるかも。ちなみに、彼の死の直前の記述はもはや日記ではなく、歌や俳句などの列記であるのだが、その中に「花見つつ吉野の町に入りけり」の句もある。しかし、考えてみるに、彼はまた Wanderer でもあった。そして、ラフォルグもセヴラックも。ペッソアは精神的「旅行者」である。

2010年1月10日日曜日

セヴラック論

セヴラックを論じたものとしては、ジャンケレヴィッチが一番だ、というようにギヨー先生が言っていたので、原書を手に入れようと思ったら、絶版である。なんということだ!

みちゆき

というのか、ロードムーヴィーみたいな、「移動」の感覚の問題。これが、ペッソアにも、ラフォルグにも、セヴラックにも共通してあって、それらの間の関係はどうなのか、ということを考えてみたい。

2010年1月9日土曜日

年賀状

年賀状で毎年毎年、ぼくの名前を間違って書いてくる人物が二人いる。そして、それは何度言っても治らない。ということは、これは単なる書き間違いではなくて、「無意識の故意」なのだと思うようになった。(『奥様は魔女』のママや『ぜんまいざむらい』の茶じじのようなもの。)そして、彼らがぼくに対して良からぬ感情を抱いていることは理解できなくはない。一人は、今のマンションに引っ越してくる時に村上君とトラブルを起こした人物であり、もう一人は、ある人物(無意識に恋愛感情を抱いている相手)が日本から去るにあたってぼくがその原因(直接ではないにしても遠因?)だと思い込んでいるのだと思われる。

2010年1月2日土曜日

青梅街道

小平の青梅街道沿いの農家の入口。新年のお札と思われます。この辺りはお盆には茄子や胡瓜の馬も置かれます。

2010年1月1日金曜日

富士山

上り新幹線は米原辺りの雪で30分遅れましたが、元日の富士山は見事でした。