打出天神に初詣。いつもは全く人がいない境内なのだが、参拝のための行列まで出来ていた。
2011年1月2日日曜日
2011年1月1日土曜日
2010年12月30日木曜日
Actes du colloque
この夏のソウルでの国際比較文学会世界大会の Actes du colloque のための原稿を書く。1月が確か締め切りであったはず。『狂気の〜』上梓後しばらく(風邪やら何やらのため)ぼうっとしていたが、またまた少しずつ、「学問的」興味が動き出す。
釋迢空
富岡多恵子『釋迢空ノート』を読む。迢空の執心の強さに感嘆。自分に真面目な人だったと感じる。迢空詩の美しさもなつかしい。そしてまた、大阪をよく知らなければならないとも思う。そして、当麻寺も。高校の修学旅行で高野・柴田・某(おお名前を忘れてしまった!)と京都市内の宿から近鉄線に乗ってひたすら南下し、日暮れてその行を果たさなかったのを思い出す。今の勤め先は京田辺(新田辺)なのだが、時々その時のことを考え、ここを通ったはずだと思い、何の巡り合わせかここに自分はいるのだろうと思う。
2010年12月28日火曜日
フランス人の
フランス人のシューマン論。ブークールシュリエフのはスイユのシリーズ物の、いわば vulgarisation だから論外(つまり、きちんと書けている)としても、マルセル・ブリオンもミシェル・シュネデールも、学術書というよりは単なる読み物だね。何の意味があるのかと思う。フランスの知識人には、これは多分フランス高等教育の悪い面が出ていると思うが(何でも dissertation の)、何についても一応それなりに読めるものを書けてしまうという人が余りに多い。ジャック・アタリなんかその典型だ。何となく面白く読まされてしまうが、何の深みもなく、表面的で、読んだ後何も残らない。それとまた、関係あるのかないのかわからないが、フォーレがフランスのシューマンだ、みたいな先入観があるということもある。
2010年12月27日月曜日
読売新聞
ところで、昨日26日(日)の『読売新聞』紙上、片山杜秀さんが「今年の3冊」のうちの一冊として拙著『狂気の西洋音楽史』を挙げてくれたそうです。ありがたいことだ!そしてまた、他の一冊が大里さんの『マイナー音楽のために』であって、彼の著書と並んで評価されるのは誠に光栄である。そこには、80年代フランス思想の影響うんぬんということがあったらしいが、確かに!ぼくたちは二人とも、その思想圏のまっただ中にいたダニエル・シャルルの弟子なのである。
季節外れ
夜香木が咲いた。まったく季節外れで、以前から蕾はつけていたのだが、そのまま落ちてしまうものが多かったので、これは咲かないかなと話をしていたのだった。その話を聞きつけて、「なにを」と発奮して咲いたのだという意見もあったが(?)、これは恐らくここ二三日急に寒くなって暖房を点け続けて、室温がずっと暖かいまま保たれていたのが原因ではないかと思う。
しかし、残念なことにまたまた風邪を引いてしまって余りよく香りを感じないのであった。うむむ……。
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