2011年6月14日火曜日

クチナシ

茶屋之町に新しいうどん屋を発見。「あしや夢蔵」という名で、何と3月11日に開店したと言う。けっこういけた。桜並木通りというようだが、ここの街路樹にはクチナシがいっぱい。花を香らせていた。

2011年6月13日月曜日

エゴノキとネムノキ

エゴノキとネムノキ、覚えておこう。前者は芦屋「あめ婦」の前で、後者は同志社女子大の校門入って登って行く階段のところで、見ました。

サド・フーリエ・ロヨラ承前

バルト『サド・フーリエ・ロヨラ』読了。「生涯」が一番面白かった。文学理論的部分は、訳がもう古いんだね。「インターテキスト性」とか。またこれも同様だが、当時では仕方が無かったのかもしれないが、強引なこじつけ訳注なども多い。ラカン『エクリ』の翻訳を思い出した。「アベセ」の訳注でめちゃくちゃな解説が付いていた(これは東大の山田氏の御教示による)。もう一度新たなバルト全集を出すべきだろう、フランスでもあるんだから。(ふと思ったが、日本でも、もうあるのかな?)

2011年6月10日金曜日

トマトの実2

トマトの実がこんなに大きくなってきました。
そして、けっこう他の枝にも多くの実がついています。しかし、余り手入れもしていないので、このままほっといていいのだろうか。ちょっと心配。
また、エンジェルズイヤリングもどんどん大きくなっています。突然、地面から一本の枝が生えてきたかと思うと、それがどんどん伸びて、花をたくさんつけました。挿し木をした小さな枝もちゃんと根付いて、花まで咲かせています。強いですね。



2011年6月9日木曜日

ベルナルド・ソアレス

ベルナルド・ソアレスの言うことはいちいちもっともである。世の中にこれだけ多種多様の数え切れない人間がいる中でどれだけが自覚しているだろうか?ハイデッガーも違うことは言っていない。そしてそんな中での「わたし」は?そのうえで何かをするとは?それが自己満足でいいのか?他人は関係ない。評判?そんなものに捕われるのは自分を失うことだ。しかし、ソアレスにはないものが一つ。それは大切な家族である。その意味で「闘う家長」には共感する。しかしこれは西欧的には封建的で徹底していないんだろうな。

2011年6月8日水曜日

思い付き

「思い付き」的才能と「練り上げ」的才能があるように思う。ぼくはどちらかといえば前者で、それでだいぶ損をしている気がする。作曲家にもありそうだね。モンポウなどは前者だ。

2011年6月7日火曜日

大倉さんの個展

大倉侍郎さんが6月14日から京都で個展を開きます。みんなで見に行きましょう。