2009年12月18日金曜日
Paris8
昨日の昼は久しぶりにアントワーヌと会った。彼はソルボンヌ所属だが昨日の待ち合わせは INHA(Institut National d'Histoire de l'Art)の彼の研究室。Palais Royal の近くで、そこを通って工事中の彼のアパルトマンのあるゴブラン行きの地下鉄へ。雪に覆われた Palais Royal は素晴らしかった。アパルトマンの工事中、彼の友人(ジョルジュだったかな?)が留守番をしている。その彼を交えてイタリアンのセザールへ(ゴブランに住んでた頃はよくいったので、懐かしかった)。その後、モニックのところへ。いつも通り、地下鉄ポルト・ドゥ・サン・クルー終点に彼女が車で迎えにきてくれた。雪また雪の公園の中をひたすら走る。そして彼女の「おやしき」。これもまた雪に埋もれて壮観。練習はうまく行ったと思う。
2009年12月17日木曜日
Paris7
昨日はパリ8での音楽美学講義。その後は、日本レストラン「ナオキ」のリベンジ(日曜の夜に行ったけど閉まっていた)。フィリップと鈴木さんも一緒。しかし、あまりに待たされて疲れた。今日は、Rueil Malmaison の美術学校 Ecole d'art で講義。RER がストなので、デファンスでフィリップとロベルトと待ち合わせ。志賀とナショナリズム、柄谷と加藤周一を手がかりに、という内容だったが、とても反応もよかったし、充実していた講義であった。その後は、五十瀬とお買い物(昨日は小夜と)。そして、夜は鈴木さんの素晴らしい手料理。オットー・ワーグナーについて議論。
2009年12月15日火曜日
Paris6
日曜夜にサン・フェリックスからパリに帰り、その夜はサラの家にお呼ばれ。小夜と五十瀬と。フィリップとポンピドゥーセンター入り口(スト中)で待ち合わせ。サラの家はパリの中心の中心。1歳の娘はマチルドちゃん。かなり遅れてロベルト登場。サラの夫はカミーユ。哲学者夫婦である。昨日は、パリ第8大学へ、書類にサインをしに行った。フィリップと Bâtiment A のカフェで待ち合わせ。その後、Librairie Monnier へ注文の Cahier Debussy no.10 を買いに。ついでに Flûte de Pan にもよったが注文楽譜は未だ。ギヨー氏にルクーの《ピアノソナタ》とセヴラックのそれとの類似を指摘されたので、きいてみたが2004年から絶版。残念!
2009年12月14日月曜日
Saint Félix
金曜日朝にパリ、オーステルリッツ駅から出発し、トゥールーズに5時前に着くはずが、リモージュ手前で信号故障のため30分遅れで到着。予定より1本後のバスに乗り、1時間10分でサン・フェリックスへ。もう真っ暗だった。宿はブラック=ベレール夫人が手配してくれていた広場に面したル・コカーニュ。こうして土曜日一日をここで過ごし、日曜日にまた一日かけてパリに戻って来た。あまりにいろいろなことがあったので、詳細は別の機会に譲る。一つの小説が書けるくらいだ(と、思う)。
一言だけ。サン・フェリックスで日曜朝、帰りのバスを待っていたら、国道を大きなしっぽをふさふささせて一匹のリスが大急ぎで渡って行った!
一言だけ。サン・フェリックスで日曜朝、帰りのバスを待っていたら、国道を大きなしっぽをふさふささせて一匹のリスが大急ぎで渡って行った!
2009年12月11日金曜日
Bourg-en-Bresse
といっても先ほどパリに帰って来た所。ギヨー氏(ソルボンヌの名誉教授である。そんなこと彼は一言も言わなかった。実に謙虚な人柄だ)は本当に寛大なよい先生であった。彼がアルチュスのことを知らなかったというのもいわば Mauvaise langue で、ドビュッシー書簡集の方が後に出版されていたのであった。実に沢山のことを教えてもらった。セヴラックのいわゆる「地方主義」や「宗教性」、彼とスコラの先生達との関係、シャルル・ボルドなどなど。彼はブルクの教会オルガニストを45年間つとめ、それゆえにここからパリやリヨンに教えに通ったのだという。おかげで、ぼくのセヴラック伝はかなり豊かになった。駅前のホテルに泊まったら、その広い広い庭にリスが二匹、遊びまわっていた!!野生の?リスを見たのは初めてだ。ギヨー氏が電話をしてくれて、カトリーヌ・ブラック=ベレール夫人(セヴラックの孫の配偶者)と話をし、明日にさっそく行くことにした。やれいそがしや。
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