2010年4月11日日曜日

Pavot ?

芦屋山幹歩道脇の植栽。これはケシ?ですよね?植栽のメインはツツジなので、わざわざ植えたとも考えにくい。自然発生でしょうか?東京にはこのような風景はありませんが、フランスの田舎には普通に見られます。

2010年4月10日土曜日

ラヴェルとバルトーク

ラヴェルとバルトークが出会ったのはどこか?どうもパリで1922年のことではあるらしいのだが、「ある晩餐会兼演奏会」というのはどこか、というのである。伊東信宏さんはアンリ・プリュニエール邸という説だが、フランソワ・ポルシルはジャンヌ・デュボスト邸だと言う。

2010年4月8日木曜日

ベルリオーズとプーランク

これも先日のゴーサン氏との会食の時のこと。彼の言葉が印象的だったので、書き記しておく。
京都音楽アカデミーの最終日は、教師たちによる演奏会で、そこではベルリオーズ、サン=サーンス、プーランクなどが演奏された。彼が他の教師たちとその後、交わした会話について語ったのだが、未だにベルリオーズが「まともな音楽が書けなかった作曲家」として軽んじている者がいて驚いたと言う。ゴーサン氏にとってはベルリオーズは「偉大な作曲家」なのだった。そして、プーランクを絶賛するその音楽家に対して彼はこう言ったという。「確かにプーランクは『良い』作曲家でしょう。うまく書いています。ただ、それだけです。プーランクの音楽は私を動かしません。快いが、それだけ。対してベルリオーズの音楽は私を感動させます」。

2010年4月7日水曜日

Mompou2

この音楽は4つの部分から出来ていて、
(1)ホ短調
(2)嬰ヘ短調
(3)ホ短調
(4)ホ短調
となっている。(2)と(3)の部分が問題の箇所であるが、よく考えてみると、それぞれはきちんとII7 - V7 - I となっている。ただし、II7 は第1転回形なので、(2)の場合はバスが、昨日述べたように、ロ音になっている。なので、(1)の終わりの和音である「h - dis - fis」の長和音から、短和音の六の和音「h - d - fis -gis」になったような気がする(気がするのではなくて、実際にそうである)。この長調から短調への「落差」(半音落ちる)が問題なのだろう。
そして(2)から(3)への移行も、「fis - a - cis」から「fis - a - c - e」(これも第1転回形でバスがイ音)なので、ここにも半音の「落差」(嬰ハから本位ハ)がある。
これが「ハッと」させるのである。

2010年4月6日火曜日

Mompou

モンポウの和音について。《魂の歌 Cantar del alma》の伴奏部分を見て欲しい。最初はごく普通にホ短調で推移しているが、属和音上でいったん楽節が終わった後、メロディーはホ短調で予想される嬰ニではなく、本位ニに行く。次がバスと共に全てが全音上がるのだが、本位ニの位置は一音半上がって、今度は嬰ヘ短調の属和音になる(嬰ホ)。(ただし、メロディーそのものは、本位ホ、嬰ハ、ロと続く。)同じような進行がその後もう一度続いて、最初のホ短調に戻るだが、要はこの辺りの「はぐらかし」である!


2010年4月2日金曜日

ゴーサン氏

ゴーサン氏と大阪で食事。彼の父親は兵士でフランスで捕虜になったりイギリスにいたりしたらしい。彼はノルマンディーで生まれ、母親と二人(兄弟が二人。しかし一人は夭逝)でフランスをあちこちし、トゥーロンに落ち着く。戦後はパリ郊外にいたが、父親は音楽の道に進むのに反対。家出をし、20代でエコールノルマル、後にパリ音楽院。しかしピアノなどは晩学もいいところだったようだ。娘が二人。37歳と35歳。下のは最近離婚。子供が二人いて大変らしい。大学で仕事のために学位を取ろうとしている。

2010年4月1日木曜日

アイガー

『アイガー北壁』を見た。ドイツの田舎町はやはり、ヴィーンと似たような感じがする。言葉の問題が大きく作用しているかも知れない。何となく懐かしい感じもする。セヴラック伝の中で、彼の反独感情を扱ったので、少々不思議な気分だ。しかし彼自身も言っているように、遠く離れて見ると、諍いごとなど馬鹿馬鹿しく思えてくるものだ。