2019年3月29日金曜日

井口淳子『亡命者たちの上海楽壇』

井口先生新著(井口淳子『亡命者たちの上海楽壇)読了。とても面白かった。上海は、富永太郎がわざわざフランス語を学ぶため(?)に行っていて、不思議に思っていたのだが、当時の日本人にとっては隣の国にあるヨーロッパだったわけだ。フランス語新聞がこれほどきちんと発行されていたとは知らなかった。そこで音楽評論を書いていたというグロボワなる人物に興味を持ってちょっとネット検索してみたが、春画にかんする本の著者としてたくさん出て来る。徒然草の翻訳などもあるようで、日本語ができたのだろうか。フランス側からの資料など探ると面白いことが出て来そうである。ロシア側の探索などもこれからどんどん行われるだろうし、非常に興味深い領域がこれから開かれて来るのを垣間見せてもらった快い興奮がある。
ちなみにこんなものもあった:
http://cths.fr/an/savant.php?id=104652#

2019年2月21日木曜日

モンポウ《歌と踊り第4番》

久しぶりに自宅ピアノを調律した嬉しさに録画・録音したのだった。Frederic Mompou, Canço i Dansa, Núm.4 フラダリック・モンポウ《歌と踊り第4番》。
https://youtu.be/z1D1LUU0-4U

2018年12月30日日曜日

音楽作品と作曲者の意図について

「音楽作品と作曲者の意図について」という論文を書きました。プレスク・リヤン協会のブログに掲載されましたので、御高覧・御高評頂ければ幸いです。
http://association-presquerien.hatenablog.com/entry/2018/12/30/170638

2018年12月3日月曜日

長楽寺に行く

昨日は朧谷先生企画、下坂先生引率の京都市内遠足。長楽寺にも行った。
ここには頼山陽の墓がある。

そして境内には様々な石碑があって、気になったのが以下のもの。まず、浦上春琴(玉堂の息子)の碑。


そして、米芾の書の伝統を受け継ぐという武元登登庵の碑「有往皆収無垂不縮」。


2018年10月31日水曜日

見田宗介『現代社会はどこに向かうか ー 高原の見晴らしを切り開くこと』

 見田宗介『現代社会はどこに向かうか ー 高原の見晴らしを切り開くこと』を読んだ。学生時代からずっと見田先生の本は読んで来て、影響を受けて来たが、最近はどうもしっくりこない感じがする。それは何かを考えて見た。
 現代の情報化・消費化社会の変容について、それを脱高度成長期と捉えて、「高原」と名付けるところまではいい。その通りだと思う。この「高原」では、もうこれ以上の経済成長は望めないので、現在を楽しむ風潮が広まり、それほどのお金やモノはないけれども幸福という人々が増えている、という。この「永続する幸福の世界」(オビの言葉)がこれからの世界を支配するのだと。もちろん見田宗介は、未だにそのような段階に達していない国や文化の地域では、まだまだ生活の質を向上させ、最低限人間的な生活を送れるようにするという基本的な必要があるということは認めている。
 しかし、……しかし、である。それでも、少なくともこの日本社会においては、見田の語るオプティミスティックな現代社会観にはある種の居心地の悪さがあるような気がする。本当に現代日本社会の人々は現在の生活に満足し、「いま」を享受しているのだろうか。
 例えば、見田はそのような人々の意識を論じるに際して、NHK放送文化研究所の「日本人の意識」調査の結果をもとにしている。そこでは「理想の家庭像」として「近代家父長制家族」という理想が崩れ、「夫婦自立」や「家庭内協力」のパーセンテージが増えたことが述べられる。女性は結婚して子どもが生まれても、職業を持ち続けた方がよいとされる。これを単に女性の権利が増大し、男女が平等になってきたからだとだけ言えるのだろうか。一見そうは見えるが、実は現代社会は夫婦で働かなければ生きていけないほど厳しい世の中になったのだ、とも言えないだろうか。
 あるいは高度経済成長期には未来のために現在を犠牲にする「生産主義的、未来主義的、手段主義的な合理化」が支配していたが、現代社会はそのような「近代」の理念が崩壊し、未来よりも現在を充実させ楽しむ生き方が増えてきたとされるけれども、実際には未来が安心して生きていけるような気がしないので、「仕方がないので」現在に喜びを「無理にでも」見出そうとしている、ということはないだろうか。例えば、定年退職後の年金などはどうもきちんと貰えそうもなく、これからの日本社会もますます国家による規制が厳しくなってきそうだ、という予想が支配的な時に、未来に人生を賭けることは無謀ではないだろうか。
 その他、魔術や占い、非合理的なものへの関心が高まっていることについても、見田は「近代合理主義的な世界像の絶対性のゆらぎと、その「外部」への予感にみちた、手さぐりの試行錯誤」と美しい言葉で語っているが、要するに余りに行き詰まる現代社会、明るい未来もなく、自由な行動も徐々に規制されて行くような息苦しさから、何とかして逃れようと非合理的な世界へ逃避しているだけなのではないだろうか。
 私が余りに悲観的なのか、見田が余りに楽観的なのか、どちらなのだろうか。

2018年10月16日火曜日

モンポウの新発見作品(?)

大学のホームページに「モンポウの新発見作品」について書きました。以下から御覧ください。
http://www.dwc.doshisha.ac.jp/faculty_column/liberalarts/2018/post-298.html




2018年6月10日日曜日

海老坂武『戦争文化と愛国心』

海老坂武『戦争文化と愛国心 —非戦を考える』(みすず書房)を読みました。そして以下のような感想文を書きました。

 私はさまざまな雑多な本を読んでいる。もちろん専門とする音楽学の本が一番多いのだが、哲学、民俗学、歴史学、社会学、文学研究、小説、詩、その他……。それぞれに感銘を受ける本があるが、この『戦争文化と愛国心』から受けた感銘はそれらのものとはまったくちがった種類のものだ。それは今現在私が生きているこの現実、この社会に直接にかかわっている。私自身と私を取り巻く周囲の現実との、現在形でのかかわりに関係する。さらには私自身が生きている中でかかわっている人々とも関係する。そして、この「感銘」は私にそのような中でどのような態度をとるべきか、ということについても関係するのだ。より現実的であるという意味で、より強烈である。
 まず海老坂は自分の戦争中の体験から「戦争文化」について検討する。そこで語られている実体験の中で強く印象に残ったものをここに引用する。「学校の近くに『朝鮮人部落』があった。私のクラスにも二、三人ここから通ってきている生徒がいたのだが、そのうちの一人がどんなきっかけだったか、教室で『天皇のバカ』と口ばしったのである。この時代、こうした非国民的な言葉を先生が許すわけがない。担任の先生は、彼を前に引っ張り出して往復ビンタを食らわせた。しかし少年はこれにめげることなくもう一度同じ言葉を叫んで、もう一度なぐられ、よろめきはしたが倒れなかった。日頃はむしろとろんとした生徒に見えたが、このときだけは眼をらんらんと輝かせて、謝るどころか一歩も引かない姿勢を示したのだ」(234頁)。
 その後、海老坂は愛国的な歌や軍歌の替え歌によって、国民がもとの歌詞の意味を換骨奪胎して、真逆の反戦歌にしてしまった例をあげるのも非常に興味深かった。そして戦争文化についてのいくつかの理論が検討され、『きけわだつみのこえ』が取り上げられる。
 そして戦後。占領軍があまりに従順な日本人にあっけにとられた、というのは聞いていたが、その理由が、戦争中にはむしろ日本軍が日本を占領していたので、戦後の米軍による占領はより優しかった、という司馬遼太郎の言葉(1323頁)にはなるほどと思った。また日本人の適応力の強さが、戦争文化の枠組みをそのままに、戦後のさまざまな変化を受け入れたというの(1202頁)も納得である。
 第四章「愛国心の行方」では、清水幾太郎、丸山眞男、姜尚中、佐伯啓思、テッサ・モーリス・スズキの論が検討される。とても勉強になった。「愛国心」と「国民主義」、「パトリオティズム」と「ナショナリズム」の区別というのが重要であるというのもわかった。これを「愛と憎しみ」との関係でわかりやすく説明してくれた(西欧世界での一般論として)のも明快である。「パトリオティズムとは人間仲間を愛すること、ナショナリズムとは他国の人間を憎むことだ」(175頁)。
 第五章「非戦思想の源流」では、内村鑑三、幸徳秋水の二人が検討される。内村は「無抵抗主義」「絶対的非戦」を主張して、しかしそれが国家のレヴェルで可能かどうかについて逡巡している。しかしそれについて海老坂の筆は辛辣に現代日本批判を行う。「あの時代、内村の頭に可能性としても『無抵抗主義の日本』は存在しなかったのだが、戦後の日本、新憲法の日本とはまさしく内村が夢見た無抵抗国家、絶対的非戦を原理とする国家ではないか。そして、戦後七十数年とは、この原理をめぐっての戦い、というか、この原理がなし崩し的に無化されていく過程であった。非戦の原理がいつしか個別の自衛の原理に、さらには集団的自衛の原理に読み替えられていった」(186頁)。幸徳秋水は「愛国心そのものを切って捨てた」(194頁)。彼はよりラディカルである。その強烈さは以下のように発揮される。「兵卒の生命などは無視して戦争を説く戦争論者、さらに自分の昇進や勲章のために兵卒を戦争に駆り立てる将校は『犬をケシかける人』で、こういう連中のために犬死するのはまっぴらご免、将校だけで満州に行って望みどおり屍をさらしたらどうだ、と皮肉をこめる。そして問題は『金ある者は教育を受け教育を受くる者は兵役を免る』社会組織と徴兵法にあるとして、貧乏人のみが兵隊に駆り出される不平等を痛烈に批判している」(202頁)。
 第六章「兵役拒否と不服従の思想の源流」では、矢部喜好、村本一生、明石真人、アラン、ジャン・ジオノが検討される。いずれもまったく知らなかったので、とても勉強になった。日本人たちはすべてキリスト教(宗派はどうあれ)信者である。「兵役を拒否したのはすべて聖書を根拠にする人たち、別の言い方をすれば超越的原理を根拠にした人たち」(222頁)であった。そして、フランス人たちはどちらもその非戦主義によって周りから孤立し、逮捕までされながら、個人的な信条を貫いた。ジオノは言う「一人で歩け、君の明かりで足りるとせよ」(234頁)。この違いは、どこから来るのか。アランにおける非戦思想の根拠を海老坂は七つにまとめてくれている。「一、戦争の原因は憎悪の集団化である」、「二、人々がこのように憎悪に熱狂的になるのは団結して行動する喜びがあるからだ」、「三、軍隊教育がこのようなメンタリティーを生み出す」、「四、兵士の情念は一種の『条件反射』的メカニックな動きである」、「五、兵士たちには同時に『名誉』の感情があり、愛国は武器となる」、「六、軍隊組織には二種の人間がいる、戦いに駆り立てる将校とそこに押しやられる兵士である」、「七、国家、一般世論、報道機関への警戒感」(2257頁)。
 最後の第七章は「非戦の原理から不服従の思想へ」。ここでも知らないことばかりで、久野収、鶴見俊輔、大熊信行、鶴見良行、小田実らの論を学んだのである。しかし、かつて私は鶴見良行の東南アジアフィールドワークに基づく著書が好きで何冊か読んだことがあったので、彼がこのような思想の持ち主であったことは知らなかったが、東南アジア諸国に対する彼の眼差しにそれと同じ方向性が感じられていたのも確かであった。
 終章は「少数の力のために」と題され、海老坂の「怒り」が吐露される。その怒りに私も全面的に賛成である。「この怒りがこの仕事を続けさせてきた」と彼は言う。それは安倍晋三の「戦後レジームからの脱却」というまやかしの言葉への怒りが端緒である。一人の大学人として私はその後の彼の言葉に共感する。「この国がアメリカに全面的に寄り添って、米日による軍事演習が繰り返され、分業化された戦争に乗り出そうとしているという危機感、さらにまた大学、研究所への資金投与をとおして軍事研究、原子力研究が産官学の協力体制によって強められているという危機感を分かち合いたい、こういう軍事化社会に対して何をなしうるかを読者と一緒に考えてみたい」(302頁)。こうして海老坂は「一人の個人にできることは何か」を考える。それは四つある。「一、軍事化社会に対する異議申し立てをしている人々についての情報を共有すること、できれば応援し、またできれば参加すること」、「二、日頃から異議申し立てをする『不合意個人』を自分のうちに養っておくこと」、「三、権力の発する言葉の誤用、言葉の詐術を暴くこと」、「四、良心的拒否、不服従の思想をどう生きるかについて考えること」。
 ここで私は考え込んでしまう。自分はこれらすべてを実践できるだろうか。「一」については「情報を共有すること」「応援する」まではできそうだが、「参加する」となるとどうか。「二」と「三」はできると思うし、今現在もつねに行なっているつもりだ。「四」については海老坂も「思想を実践すること」とは言っていない。「実践」は相当難しい。それについて「考えること」ならばできそうだ。つまり、これは冒頭に述べたことと関係するのだが、私自身がたとえば今現在所属している社会的集団、仕事の仲間たち、家族親戚、友人たち、近所の人たち、そのような集団からただ一人孤立して自分の「正しいと思ったこと」を貫くことができるだろうか、と考えてしまうのだ。アランやジオノのようになれるか。日本の矢部、村本、明石たちには、キリスト教集団(たとえ原理上のものであっても)があった。アランやジオノにはそれがない。幸徳秋水はどうだったのだろう。たとえば、特別警察に逮捕されて拷問を受けてまで自分の考えを貫徹できるだろうか。私自身はたぶん、できないと思う。「特定秘密保護法」が戦前の「治安維持法」の復活である以上、私たちにはその危険がつねについてまわるようになっている。しかし……、しかし、それでは唯々諾々と「右傾化」する現状に流されるままでいいのだろうか。
 それともう一つ、私自身の個人的体験としての「生きている」ということ、「生の実感」と国家や社会とのかかわりがどのようにつなげられるか、という問題も考えてしまう。私がそばにある動植物たちと交流していること、周囲の人たちと「今ここで」という非常に直接的なかたちで交流していること、あらゆる森羅万象と具体的につながっていること、この事実と「非常に抽象的な国家社会」とがどのようにかかわるのか。素晴らしい音楽に没入しているときに、国家社会はどこにあるか。
 ますますエビサカ先生に教えていただきたいことばかりが増えてくるのである。