2011年5月9日月曜日
カタルーニャ語
セヴラック参考文献で雑誌『Conflent』というのを手に入れているのだが、その中にセレのブラゼスという人の「セヴラックの思い出」という文章がある。これがカタルーニャ語で書かれているのだ。そこで最近入手した田澤耕『ニューエクスプレス、カタルーニャ語』を片手に読んでみると多少役に立った。一番目に立つわからない語「amb」というのが「〜と一緒に」だというのを知った。しかしたいてい文意はわかるね。フランス語とスペイン語の中間の感じ?
2011年5月7日土曜日
Marcel Duchamp
昨日は連休中にも拘らず授業をしなければならなかった。(宮仕えは辛いね。)大学院の授業もあり、そこでレーモン・ルーセルの話をした。レットリスム(イジドール・イズーなど)との関連だったのだが、最近その『アフリカの印象』の舞台のフィルムを見たのを思い出した。それをどこで見たのかをなかなか思い出せなかったのだが、そうそう『マルセル・デュシャン事件』の中でだったのだった。そこでふと思い立って、モンポウのYouTubeがあるなら、当然デュシャンのものもあるだろうと思って検索すると、ありましたね。インタビューがいくつか。英語のものも仏語のものもあるが、どれも面白い。特にレディメードについての話が面白くて、インタビュアーに「これらの作品は見てはいけない。見ることはできないのだ。網膜では捉えられない。」と述べているのが印象に残った。サティが彼の「家具の音楽」を初演した時に、立ち止まって聴こうとする聴衆たちに向かって、腕を振り回しながら「止まるな!」と叫んでいたというのを思い出した。
2011年5月4日水曜日
すっごく
昨日は、あゆみちゃんと少しお買い物に行ったのだが、その時にけっこう大きめの蝶に出会った。そのお話を彼女は家内にしたのだが、その強い印象を伝えたかったらしく、「すっごく……」と言って、それほど大きくもなく小さくもなかったので「中くらいの蝶々」となってしまった。「すっごく中くらい」って(笑)。
マリエタン来訪
今日の昼は、せっかくピエール・マリエタン氏を家によんだので、その他にシルヴァン・ギニャール先生(ご夫妻をよんだのだが、奥さんは演奏会の準備で来れず)、檜垣智也さん、奈良ゆみさん、海老坂武先生も一緒に家でお食事会を催しました。談論風発、期せずしてマリエタン、ギニャールの二人のスイス人が同席したので、なかなか面白かった。しかし、フランク先生もスイス人だし、どうしてぼくの周りにはこんなにスイス人が多いのか。ジャン=クロード・エロワの演奏会のゆみさんの演奏をマリエタンは聴いていて、その時がまたゆみさんと海老坂さんの初対面の日だったらしい。奇遇!マリエタンはエロワとブーレーズのもとで同門で、エロワとブーレーズの確執を間近に見ていたという。
2011年5月3日火曜日
小さい青い花
この小さい青い花は何なのでしょうか?
雰囲気はいわゆる「ねじばな」によく似ています。「しのぶもじずり」ですね。ちなみにここは自宅横の「阿保親王塚」の中です。平城天皇の子息だったということで、その墓であるここは宮内庁の管轄であり、なんぴとたりとも「立ち入り禁止」。
しかし、親王塚なのに親王塚町にはなく、ここは翠ヶ丘町ですが。その中は外から見たところ周りに濠を巡らした円墳のおもむき。ここからまっすぐに南下した打出駅の手前にも、金津山古墳があります。
2011年5月2日月曜日
ロヨラ
イグナチオ・デ・ロヨラ『霊操』(門脇佳吉訳、岩波文庫)を読んでいる。しかし、この門脇氏は禅もやり、イエズス会の修行もしたといい、両者に共通点が多いと述べる。そして、禅の修行をしていたおかげで、イエズス会の修行も人より早く修了した、と言うのだが、それっていいことなのか?まあ「より早く」だけではなく、「より深く」とかも言っているけれども。どうも「功利的」な臭いがすると思うのは気のせい?それも含めて、氏の解説は、本当にロヨラの意図なのか、彼の曲解なのか、迷うところではある。なんだか見当はずれ(めいた?)引用などがあってますます迷わされてしまう。また「霊操」そのものの在り方が非常に精神分析と似ている。このことはロラン・バルトは気付いていたのだろうか?実を言うと、バルトの名著をまだ読んでいないのだった。急いで読まねば。
2011年5月1日日曜日
Jean-Aristide Rudel
私の机の前には、Jean-Aristide Rudel の小品(恐らくパラヴァス海岸の母親と幼児)と Frédéric Basille のポスター(Vue de village)と、応挙の模写(笙を聴く松下の儒者)、大倉侍郎さんの小品二つ、ギニャール先生から貰った大津絵(座頭)がある。
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